ワーナーミュージック・ジャパン 岡田武士CEO×エンタメ社会学者 中山淳雄 対談 J-POPの追い風時代に世界へ広げる音楽ビジネスの可能性

 ワーナーミュージック・ジャパンの代表取締役社長兼CEOである岡田武士氏が、さまざまな分野で活躍する新時代のリーダーと対談を行うシリーズ企画第2回となる今回、エンタメ社会学者・中山淳雄氏を迎えた。バンダイナムコスタジオ、ブシロードで日本のコンテンツの海外展開を手がけた後、エンターテインメントの経済圏創出と再現性を追求するベンチャー企業Re entertainmentを設立。慶應義塾大学と立命館大学の研究員、経済産業省コンテンツIP研究会の主査を務め、今年4月には日本大学大学院芸術学研究科特任教授に就任した同氏とともに、“J-POPの海外展開”を軸に、日本の音楽ビジネスの現状と未来についてのトークが繰り広げられた。(編集部)

ストリーミングの普及が推し進めた日本の音楽産業のマッピング

——まずは中山さんにお伺いしたいのですが、右肩上がりの日本のエンタメ産業において、音楽のポジションをどう捉えているか教えていただけますか?

中山淳雄(以下、中山):私が音楽コンテンツについて研究しはじめたのは、2016年頃からなんです。当時はAKB48から『ラブライブ!』までアイドル文化が広がっていた時期でしたが、音楽ビジネスは興行の要素も多く、自分のなかでどうアプローチしていいか掴めないところがありました。状況が変わったのは、2023年にSpotifyが「Gacha Pop」のプレイリストを公開した頃だと思います。私の専門はデータ分析のため、ストリーミングのデータを利用することでアクセシビリティが上がり、日本の音楽産業を様々な角度からマッピングできるようになっていきました。YOASOBIの「アイドル」がグローバルなバズを生み、藤井 風、Creepy Nutsなどが海外で人気になったのも日本の音楽が注目を集めたきっかけだったと思います。2026年3月に経産省から日本音楽産業の海外売上が初めて発表されたのも大きいですね(※1)。2024年の海外売上は1239億円だったのですが、思ったよりも大きな数字だったし、かなりインパクトがありました。

中山淳雄氏

岡田武士(以下、岡田):自社の海外売上はもちろん把握していましたが、日本の音楽全体の海外での数字は確かに見えていませんでした。ようやく「日本の音楽が世界でどれくらい収益を生み出しているのか」が明確になったのはよかったと思います。

中山:CEIPA(一般社団法人カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会/音楽業界の主要5団体である日本レコード協会、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、日本音楽出版社協会、コンサートプロモーターズ協会により設立された団体)が設立され、日本の音楽業界全体が連携を取れるようになったのも大きいですね。

——日本の音楽が海外に届き始めている実感が数字として証明されるようになった、と。

岡田:そうですね。実際、海外でのライブも増えました。アーティストのYouTube動画に数カ国語の翻訳をつけるなど、2021年頃から海外リスナーに向けた様々な施策も積極的に行うようになってきています。

中山:2023年頃まではK-POPの勢いがすごかったですが、BTSやBLACKPINKといったグローバルグループの動きがしばらくなかったこともあり、アメリカなどではやや落ち着いた印象があります。その時期に日本の音楽が少しずつ広まっていったのかなと。J-POPにはいろんな音楽ジャンルを含んでいるし、まとめづらいところもあったので、先ほどもふれた「Gacha Pop」のようなネーミングが生まれて世界へアプローチできたのはよかったと思いますね。

——J-POP=ジャンルレスというイメージを印象付けたというか。

中山:そうですね。アニメソングはもちろんですけど、ボカロ楽曲もあれば、昔ながらのJ-POPやシティポップもある。1つの国でこんなにバラエティがあるのは稀だと思います。

岡田:アニメ作品の関連楽曲、ネット発のボカロなど、いろいろなカルチャーとの掛け算でできているのが日本の音楽の面白いところですし、独特なところだと思います。

中山:いろいろなジャンルやカルチャー、流派がクロスオーバーしていますよね。制作のシステムも独特だと思います。たとえばK-POPは、グループを作るレシピみたいなものが公開・共有されています。投資額、かける時間、育成するメンバーの人数などによって「こうすれば〇%の割合で成功する」というモデルがあるんですよ。なので外部からの投資も受けやすい。しかし、日本の音楽業界にはそうしたモデルケースのようなものはなく、レーベルによってやり方も全然違うと思うんです。

岡田:モデルケースがないというのは、日本の音楽がそれだけ多様ということでもあるのだと思います。

中山:そうですね。これは岡田さんにぜひお聞きしたかったのですが、プロデューサーやA&Rは、どうやってメソッドを学ぶのでしょうか?

岡田:マーケティングでは定量的な指標を追いますが、アーティストの発掘や育成については、データや数字に頼らないかもしれないですね。成功の確率もわからない、どこからヒットが生まれるかわからないところに面白さがあると思っています。

岡田武士氏

中山:過去にヒットした曲、成功したアーティストのエレメンツを参考にすることは?

岡田:それもあまりないかもしれないですね。たとえばオーディションをやれば、歌が上手い人、華やかなビジュアルの人はたくさんいる。でも、そこじゃなくて「何か気になる」という感覚が決め手になることも大きかったりするんです。「確率だけを重視したら選ばないだろうな」という人に声を掛けることも少なくありません。担当するA&Rの確信や情熱がやはり重要ではないかと思います。もちろん今はデータも参考にはします。その上で、それぞれのセンスを活かしてもらうということですね。

中山:失敗への寛容性も、日本の音楽業界のすごさだと思っているんです。私が取材・分析していても、ビジネス的な観点で10戦して5勝する人はほぼいなくて、3勝すればすごい。あとはプロジェクトの意思決定を個人に預けるのも特徴ですよね。確率よりも担当者の感性を優先するのも、そういうことなのかなと。

岡田:そもそもの前提として、「何をもって成功とするか」というのもアーティストによって異なる部分ではあります。特に今はすべてのアーティストが全員がチャート1位や東京ドームを目指しているというわけではなく、「今の活動規模を維持したい」という人もいれば、「海外のチャートで1位を取りたい」という人もいる。その幅は以前より広がっているし、アーティストとファンが満足し、ビジネスとして成立していればそれはもう成功と言えますよね。

——成功の定義も含めたそれぞれの“アーティストらしさ”なんでしょうね。

中山:作り手を尊重している考え方ですよね。「スタジオジブリ的」と言いますか。宮崎駿監督はヒット作を生み出しても、決して“パート2”を作ったり、シリーズ化することはない。本人の「これがやりたい」を尊重しているという意味では、同じようなことを感じます。マーケティングに頼っていたら漫画『チェンソーマン』の藤本タツキさんのような新しいタイプの作家は出てこないし、ゲーム業界などもじつはそうなんですよ。一つのタイトルで10憶、20憶という資本が動くこともありますが、マーケティング主導ではなく、監督やプロデューサーを信じてスタッフ全員がついていくーー“見えている”人についていくほうが、結局はいい作品になることが多いんですよね。

海外進出のきっかけとなるトリガー・カントリーの存在

中山淳雄氏の新著『エンタメビジネス全史 第2版 「IP先進国ニッポン」の誕生と変貌』

——今の音楽業界にとって“推し活”や“ファンコミュニティ”も欠かせないものになっています。

中山:もともと日本はファンコミュニティが盛んな国なんですよ。2000年の日本の音楽市場は約5000億円。中国、韓国、東南アジアなどを合わせて2000億くらいだったので、日本が圧倒的に多かったんです。そこから韓国が日本のマーケットを強く意識しはじめ、まずはBoAさんからはじまり、日本で成功することを目標にしてきた。ファンダムのあり方も研究して、韓国に移植することもはじめました。それを愚直に続けてきた結果、2010年代に入ってから韓国の音楽業界は花開いたというわけです。アーティストの育成、ファンダムの広げ方もそうですが、“型”が決まってしまえばマーケティングが有効になるんですよ。今現在、デジタルを含めたマーケティングにおいて、日本は中国、韓国になかなか勝てない状況が続いています。日本は“ゼロイチ”で良いものを作るのですが、外に広げる力が極めて弱いですね。

岡田:よく言われることですが、日本は国内のマーケットが大きいので、国内でどう成長するかにずっと焦点が当たっていて、海外での展開やマネタイズをあまり意識してこなかったんですよね。

中山:岡田さんは以前、海外進出のきっかけとなる国、トリガー・カントリーとしてアジア圏ではタイなどを意識しているとおっしゃっていましたよね。特定の国で仕掛けることによって、そこからアジア全域、欧米に広がる確率が上がるということですが、そういった取り組みはいつ頃から始められたんですか?

岡田:コロナ禍の2020年から2021年頃からだと思います。タイやメキシコがそうなんですけど、「この国、この都市でバズると、欧米に広がる可能性がある」という道筋が見えてきたんです。もちろんアニメのタイアップなどの影響で突然予想外の地域でバズが起きることもあるんですけどね。たとえばロシアやウクライナで、ある曲のUGCが急激に増えたり。

中山:そういう意味では、ゲームやアニメなどに比べると音楽がいちばん民主的ですよね。人口の数、年齢の若さによって広がる量が等分というか。グローバルな音楽マーケットにおける南半球のポゼッションが高まっているのも、“多くの人に聴かれているから広がる”ということなので。

岡田:そうですね。ただ、海外展開という点ではマーケットとして大きい英語圏にしっかり届けていくことは大事だと思っています。アメリカ市場で聴かれるためのルートというのも実はあるんですよ。ワーナーミュージックはグローバルカンパニーで、各国にその地域の市場に精通するスタッフがおり、様々なデータも揃っているので、そのルートの過程にある国のチームとは特に密に協議しているところです。

中山:「目指せ紅白、目指せ武道館」のグローバル版ですね。

岡田:もちろん簡単なことではないですが、いちばん確率が高そうなルートを探り、そこでちゃんとマーケティングをすることも必要かなと思います。そうした対策は、K-POPもやってきているはずですし。

中山:K-POPは興行でもマーケティングを活用していますからね。K-POPのアーティストがいきなりアルゼンチンからツアーをスタートさせたりしますけど、それもちゃんと根拠があることなので。データを分析して、マーケティングを行うことで勝ち筋が見えてくるのも、今の音楽業界の面白さだと思います。

日本の推し活、ファンダムが海外の音楽業界の“お手本”に

——日本の音楽シーンは多様だし、個性的なアーティストも多い。やり方次第ではまだまだ可能性がありそうですね。

岡田:めちゃくちゃあると信じています。

中山:可能性といえば、日本の音楽業界は現在も売上においてフィジカル(CDなど)の割合がかなり多く、他国からも注目されていますよね。

岡田:2025年の統計では、フィジカルが57%、デジタルが43%くらいですね。

中山:海外に比べるとやはりフィジカルが強いですね。デジタルもさらに伸びていくと思いますが、同時にフィジカルが大事になる時代が来ると思っていて。マンガでも同じことが起きてますからね。

岡田:日本国内で、アメリカのアーティストのカタログをCDにして再発売することがあるじゃないですか。そうするとアメリカからも注文が来るんですよ。いろんな国の人から「どうして日本ではCDが売れ続けているのか?」と聞かれることも多いです。ストリーミングは音楽聴取の主流になりましたが、リスナーの母数が決まっている以上、加入者数や売上はいつか頭打ちになる。さらに売上を増やすためには、フィジカルを買ってもらいたいわけです。アナログの売上も世界的に伸びていますが、どの国でも「次はCDを売りたい」と思っているんですよね。

中山:日本の推し活、ファンダムはいいお手本になりますからね。

岡田:海外の幹部が来日すると、毎回と言っていいほど「タワーレコードやアニメイトに行きたい」と言われます。CDもそうですが、どんなグッズがあり、どのように売られているのか見たいそうです。日本の音楽マーケットのあり方が世界的に評価・注目されれば、海外からの投資も期待できるし、ビジネスの可能性も広がりますよね。

中山:日本国内で洋楽が聴かれづらい傾向にあることについてはどうですか?

岡田:それも驚かれますね。他のアジアの国のチャートには欧米のアーティストが結構入っているんですけど、日本ではほぼJ-POPとK-POPです。

中山:グローバライズが進んでいる一方、ドメスティック化も同時に進んでいると言いますか。映画もそうで、今ほど洋画が観られていない時代は過去にないんですよ。

岡田:その一方で、洋楽アーティストのライブにはすごく人が入る。2024年のブルーノ・マーズの来日公演は、東京ドーム7daysがすべて完売しました。一部のスーパースターの話なのかもしれませんが、洋楽に対する潜在的なニーズはあると思っています。

中山:「洋画、洋楽のほうが偉い」というようなヒエラルキーがなくなったんでしょうね。私は1980年生まれですが、中学生くらいまでは「おまえ、J-POP聴いてるのかよ」みたいな雰囲気があったので。

岡田:そういう時代は確かにありましたが、今はそうじゃないですよね。

中山:音楽やアニメのクオリティも高いし、誇るべき文化として定着していますからね。ただ、ちょっと視野狭窄になっているのかもしれないですね。

岡田:ワーナーミュージックは洋楽のラインナップも非常に多いので、力を入れていきたいですし、新たに聴いてもらうための接点を作ることも大事だと思っています。Ashnikko(アシュニコ)というイギリスのアーティストが、『リゼロ』(TVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』)の新シリーズのオープニング主題歌(「Recollect」鈴木このみ feat. Ashnikko)に起用されたんです。Ashnikkoはもともと日本のカルチャーが好きで、『リゼロ』のファンでもあって。彼女のリスナーが『リゼロ』を知る機会にもなるし、『リゼロ』のファンにAshnikkoを知ってもらうことにもつながると期待しています。

 重要なのはストリーミングやSNS、こうしたアニメなどとの取り組みを通じた「発見」から生まれるアーティストとのつながりを、ライブや没入型デジタルコンテンツ、ファンコミュニティといった、より密度の高い体験を通じて強化していくことではないかと思います。そして満足度の高い体験は、所有のニーズにもつながる。こうしたエコシステムを構築し、持続していくことがこれから求められる役割の一つではないかと思います。

——今後、日本のカルチャーや音楽を海外に広げる人材育成もますます重要になりますよね。

中山:そうですね。グローバルの感覚があり、デジタルにも強い。日本にはその2つを持った人材は韓国の10分の1くらいだと思うので。全産業で圧倒的に足りていないと思いますし、そういう人材を増やすことがこの先の10年の課題でしょうね。

岡田:海外の業界関係者やビジネスパートナーと接していると、日本や日本の文化のプレゼンスが世界的に高まっているのをすごく感じます。至るところで「日本が好きだ」「行ってみたい」と言われるし、音楽やエンタメだけではなく、食や観光を含めてカルチャーやライフスタイル全般に対し良い印象を持ってもらえていると感じます。日本愛を持っている人が多い今だからこそ、本当にチャンスだなと思っています。

 世界を舞台に活躍したいというアーティストには、その一歩を踏み出して欲しいと強く願っています。ワーナーミュージックは、グループのグローバルネットワークや最先端のマーケティングテクノロジーなどを活かし、日本のアーティストや彼らの作品が世界の音楽トレンドをリードし、より多くのファンに愛されるように全力でサポートしていきたいと考えています。同時に、従来のやり方が通用しなくなってきたこの変革期に、音楽ビジネスの未来を一緒に創っていく仲間も増やしていきたいと思っています。

中山:平和な日本というイメージもあるし、世界的なジャポニズム・ムーブメントが起きている現状はJ-POPにとってかなりの追い風時代です。今の状態がずっと続くとは言い切れませんが、ここで根付かせておけば、10年後、20年後にまた復活することもある。音楽はもちろん、アニメ、漫画、ゲームといろいろな領域で大きなチャンスを迎えていることは間違いないでしょうね。

※1:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/2026/260326.html

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