植松伸夫が考えるオーディオマリアージュ。エルトン・ジョンの名曲をもとに至高の組み合わせを検証!『ファイナルファンタジー』に秘められた創作の秘密にも迫る
「片翼の天使」(『FINAL FANTASY Ⅶ』)や「ザナルカンドにて」(『FINAL FANTASY X』)など、『ファイナルファンタジー』シリーズをはじめ多くのゲーム音楽を手がけてきた作曲家の植松伸夫氏。もはやゲームの枠組みを超えて、同氏の存在はポップカルチャー全般に広く影響を与えている。
2025年7月には、ゲーム開発者の功績を表彰する『CEDEC AWARDS 2025』で特別賞を授与され、ゲーム音楽における「功労者」として称えられた。黎明期から業界を支え続けてきた巨匠は、いまもなおカッティングエッジな創作に勤しんでいる。
今回のインタビューでは、Astell&Kernのオーディオプレーヤーのフラッグシップモデル『A&ultima SP4000』とプロユースモデル『PD10』、qdcの最上位ハイエンドコンセプトIEM『EMPEROR』とプロ向けスタジオモニターIEM『8Pro』、さらには目下話題を呼んでいるAZLAの新定番スーパーエントリーイヤホン『TRINITY』の使用感をレビューしてもらうと共に、それぞれの組み合わせについても所感を伺った。
もちろん、今日的なゲーム音楽の課題や、自身の今後についても話が及んでいる。植松氏のオーディオレビューと共に、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。(Yuki Kawasaki)
ゲーム音楽の礎を築いたレジェンドの「音楽原体験」とは?
ーー昨今は多くのクリエイターにとって、ゲーム音楽が目指すべき場所になっていると感じます。植松さんは間違いなくその礎を築いたアーティストのひとりですが、あらためて現状についてお伺いしたいです。
植松伸夫(以下、植松):すごい時代だなと思いますね。藝大で作曲を学んだ学生が「ゲーム音楽を作りたいんです」と言うケースも珍しくないですから。僕が大学生の頃なんて、そもそも“ゲーム音楽”なんて言葉もなかったですよ。自分が25歳ぐらいのときにファミコンと『スーパーマリオ』が出てきて、少しずつみんながゲームで遊ぶようになってきた。僕がスクウェア(現スクウェア・エニックス)に出入りするようになったぐらいの時期は、プロの作曲家さんなんか誰もゲーム音楽に興味を持ってなかったですし。当時はすぎやま(こういち)先生ぐらいだったんじゃないかな。だから僕らみたいな駆け出しの人間にも仕事が回ってきたという、ある意味でラッキーな時代でもありましたね。
ーーいつ頃から風向きが変わってきたのでしょうか?
植松:『FINAL FANTASY Ⅶ』ぐらいでしょうかね。Ⅵまではずっと会社の中で仕事をしているだけだったので、世の中にウケている実感もなかったんです。I〜Ⅲまでは音数に著しい制限があるファミコン用のソフトだったので、“どうやって面白いゲーム音楽を作れるのか?”とずっと考えていたのですが、ゲーム機が変わるにつれてできることが増えてきて。サンプリング音源を使えるようになったあたりから、“これは面白いことができるぞ”っていう実感が出てきてたんです。それがPlayStation用ソフトとしてリリースされたⅦに顕著でした。当時から海外人気も高かったですし、取材もすごく増えてきたんですよ。
――「片翼の天使」なんてもう多くの人がイントロだけで認識できますもんね。同音連打も現在のゲーム音楽においてはキラーフレーズのひとつですが、その意味でもこの曲の功績はあまりに大きいような気がします。
植松:あれも当時誰もやってなかったのでラッキーでしたね。ジミ・ヘンドリックスにオーケストラの曲を書いたらどうなるだろう? ってイメージがありました。オーケストラで乱暴な音を出したかったんです。
――植松さんはよくエルトン・ジョンへのリスペクトを公言していらっしゃいますが、スタイルがかなり近いと感じます。彼もオーケストラとロックを混ぜてみたり、プログレに接近するなど、他のジャンルやカルチャーからアイデアを持ってくることがあります。ヒントや着想はどこから得ているのでしょう?
植松:それはもう、〆切です(笑)。やらざるを得ない。まぁ真面目な話をすると、僕は普段から音楽が好きなんですよ。いろいろなジャンルを聴きます。ジャズも好き※だし、ポップスも好き。よく言うんですけど、「私はクラシックは好きだけどロックは苦手だな」とか「ロックは聴くけどジャズは難しい」みたいなのってもったいないんですよ。聴き方のマインドを変えるのが大事だと思っていて、「ロックを聴きたいときはロックの耳、ジャズを聴きたいときはジャズの耳になるんですよね」。逆説的に言えば、心のありようさえ変えればどんな音楽も面白くなる。そういうアプローチは小さい頃から身に付けられていたかなと思います。(※この日訪れた植松氏のスタジオにはビル・エヴァンスの名盤『Waltz for Debby』が鎮座していた)。
植松:あとはやはり『ドラクエ』のすぎやま先生の存在ですね。すぎやま先生がある種の試金石を投じてくれて、「さぁ次の一手はどうしますか?」でバトンが回ってきたのが僕ら世代だと思っています。『ドラクエ』とすぎやま先生と同じことは僕には出来なかったし、仮に同じことが出来ても二番煎じになってしまう。「次はどういうゲーム音楽が面白いだろうか?」ってところと、僕個人としては向き合ってきたつもりです。
――翻って、植松さんは現状のゲーム音楽に何か停滞を感じてらっしゃるようにも見えます。ここ数年のインタビューを拝見すると、創作に対する危機感のようなものを持っておられるのかなと。
植松:停滞というほどではないですが、音楽面でもディレクターやプロデューサーが力を持ちすぎているとは思います。現在もゲームにおける作曲家というのはそれほど意見を言える立場にはなく、どれだけ知識と技能を持っていてもそれを伝えにくい状況はありますね。世界中のエンターテインメントに精通していろいろな音楽ジャンルに詳しいプロデューサーがほとんどおらず、ジョン・ウィリアムズっぽい映画的な音楽を鳴らしておけばOK。この状況を何とかしたいとは思うんですが、コンテンツが大きくなるほど難しさを感じます。僕個人としては、インディーズの活きのいい若いヤツにもっと出てきてほしい。
――それってゲーム音楽特有の難しさなんでしょうか? ゲームが音楽より先にあるため、必然的にそれに準じる創作になってしまうというか……。
植松:いや、その点に関してはそれこそエルトン・ジョンも一緒だと思っています。彼だってレコード会社に利益をもたらさないといけなかったわけだから、音楽よりも優先して「売れる」ことを考える必要もあったはず。それでも、彼は傑作を連発した1970年代以降もいいアルバムを作り続けているわけで。そういう意味では、僕らにもできることってまだたくさんあると思うんですよ。歴史って過去からの伝統や文化の積み重ねなのでそれはそれで大事なのですが、積み上げる人がどこを見ているかという話で。
ジョン・ウィリアムズと同じことをやって満足していたら、そこで終わってしまうじゃないですか。ちょっと極端ですけど、そこにテクノをあわせたらどういう音楽になるんだろうか? とかね(笑)。そういう発想があってもいいんじゃないかな。いまアナログシンセサイザーでゲーム音楽を作る若手がなぜ現れないのかと不思議ですもん。僕が頼まれたら絶対やるのに(笑)。
――そもそも、実機を弾けない音楽プロデューサーが多いという実感があります。たしかに、それゆえの新鮮さを感じることはあるかもしれませんが。
植松:値段も高いからね。でも冨田勲さんやヴァンゲリスがやっていたアナログシンセのアプローチって、今やったら本当に面白いと思います。モノフォニックのシンセサイザーを何度も何度も多重で重ねて、ユニークな肌触りの音楽にしていくっていう。実際、デジタルシンセの耳障りのいい音でシーケンサーコンピューターを使って、絶対狂わないやり方がいまの主流だと思います。でも手弾きの単音シンセを重ねた音楽って、やっぱり違うんですよ。もっと端的に言うと、“変なもの”が少ないんですよね。
――“変なもの”とは思わなかったですが、2022年にリリースされた『Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album』が個人的に大好きです。“こんなアレンジがあるんだ!”という驚きの連続といいますか。あのアルバムはその文脈に当てはまりそうですか?
植松:あれもそのひとつではあります。『BRA★BRA FINAL FANTASY』なんかもそうですね。その名の通り「ファイナルファンタジー」シリーズに限定した吹奏楽コンサートではあるんですが、オーセンティックなオーケストライベントではないんですよ。あらかじめWebでどういう企画をやるのか告知しておいて、お客さんたちに楽器を持ってきてもらうんです。そして特定の楽曲をみんなで吹く。大騒ぎするオーケストラコンサートがあるといいなと思って、最近はそういうのをいろいろやっています。
――予定調和の外側にあるものに惹かれる、ということなのでしょうか? その点ではまさにジミヘン的だとも感じます。
植松:そうかもしれない。一応“調和”のあり方は自分のなかにあるんですけど、ライブだから何が起きるか分からないんです。僕も予定になかったことをやるので、それがその先どういうふうに繋がって、どうなっていくのかを見るのが楽しいんですよね。それこそがデジタルじゃないエンターテインメントだと思いますし、僕が今メインで活動している『conTIKI』ではそれを表現していきたいと思っています。『ファイナルファンタジー』に携わらせて頂いたことで、ありがたいことに今でも色々とお声がけを頂きます。ある種“ズルい”やり方かもしれませんが、そんな時でも、自分のやりたいことをさりげなく忍ばせて、いろいろトライしていこうかなと。
植松氏が考える理想の「プレーヤーとイヤホンのマリアージュ」とは
――さて、ここからはオーディオについてお聞きできればと思います。先んじて諸々の組み合わせをお試しいただいていたそうですが、どのコンビがお好みですか?
植松:Astell&Kern『PD10』とqdc『8Pro』は相当使いやすかったですね。僕は作り手なので、オーディオはやはりモニタリング目線で見てしまうんです。この『8Pro』に特に言えることかもしれませんが、“味付けされていない”素晴らしさがありました。それでいてしっかり音色を聴かせてくれる。こっち(Astell&Kern『A&ultima SP4000』とqdc『EMPEROR』の組み合わせ)は別格に音がいいんですが、普段の音に安定感があったのは『PD10』と『8Pro』でしたね。ちなみに、いったんはすべての組み合わせに対してエルトン・ジョンの「Rocket Man」をリファレンスとしました。
植松:やっぱり50年以上も聴いてる曲だと、“騙されないぞ感”もあるんですよ(笑)。でもそれだけでもなかったんです。こういう音の構成になってたんだっていう新たな気付きもあって、それぞれの楽器の位置も明確に見えるような感覚さえありました。もし彼がパラデータをまだ持っているなら、僕に1回ミックスさせてほしい(笑)。ピアノをメインにするんじゃなくてアコースティックギターとかマンドリンを前に出したらまた全然違った曲になっただろうと。そういう面白いリスニング体験ができましたね。
――そういった発見はAstell&Kern『PD10』の性能も大いに手伝っているように感じます。このプレーヤーに対しては、私もまさに同じ印象を受けました。楽譜に載らない楽器の余韻まで再現してくれると言いますか。
植松:まぁ本当は以前から聴こえてたんでしょうけどね(笑)。そこに意識を向けさせてくれるというか、特に中域の音作りは際立っているように感じます。もっと言えば、弦楽器。音色が今までと全然違ったし、シンセサイザーも良いですね。多分「Rocket Man」 で使われているシンセはモーグじゃなくてアープだと思うんですが、“こんな音域に入ってたんだ”っていう驚きがありました。
――『A&ultima SP4000』と『EMPEROR』はより特定のシーンで強みを発揮する印象でしょうか?
植松:いや多分、いろいろな音楽に対応できると思います。こちらはもっと浮遊感があって、とにかくリッチですね。イメージはハイブランドの高級車みたいなイメージでしょうか(笑)。当たり前の言い方ですけど、凄まじいクオリティの再生機とデカいスピーカーが小さくなったような印象です。そういう意味では、確かに用途が別かもしれない。強いて言えば、仕事用(『PD10』と『8Pro』)と観賞用(『A&ultima SP4000』と『EMPEROR』)といったニュアンスですね。オーディオの世界に相当足を踏み込んでいる人でも、こっち(『A&ultima SP4000』と『EMPEROR』)には相当満足できるんじゃないでしょうか。
――『8Pro』はより制作者向けのイヤホンなのですが、そちらの感触はいかがですか?
植松:実際これが最もモニターライクでしたね。楽器の音がカチッとしていて、キュッとまとまっているのが良かったです。『EMPEROR』みたいに空間的な音も心地好いんですけど、やはりモニターライクなイヤホンは気持ちがしっくりきます。『PD10』との相性なのか、原音再現もかなり忠実な気がしますね。「Rocket Man」の時期のエルトン・ジョンのバンドにナイジェル・オルソンというドラマーが関わってたんですが、日本のエンジニアさんが「どうやったらあんなスネアの録音ができるんだ」と悩んでいたそうなんですね。なんであんなに引き締まった音が出るんだろうと。それがより響いている印象があります。
――AZLAの『TRINITY』についてもお聞きしたいです。
植松:先ほどの一連のイヤホンとは価格帯が大きく違うので『EMPEROR』などとは単純な比較はできませんが、かなり驚きました。ウチにある他の製品はやや上の値段なんですが、それと比べても正直匹敵していると感じます。特に聞き取りにくい音域もなく、バランスが良かったです。先ほど絶賛増産中と聞いてそれはそうだろうなと。今どき2000円台でこのクオリティはちょっと凄い。
――私もコスパの面でこのイヤホンには本当に衝撃を受けました。初めて試したときは「エントリーの新定番来た!」と感じたので、植松さんにそう仰っていただけると自分の感覚にも自信が持てます(笑)。
植松:ビックリですよね。だいぶ印象良かったです。さっき例に出したイヤホンはノイズキャンセリングも付いているので、そちらの機能性も加味されて値段が上がっているところもあるんでしょうけど、それを踏まえても出来が良いと思います。
●Astel&Kern『A&ultima SP4000』とqdc『EMPEROR』
●Astell&Kern『PD10』とqdc『8Pro』
●AZLA『TRINITY』
●製品情報
Astell&Kern『A&ultima SP4000』:https://www.iriver.jp/products/product_252.php
Astell&Kern『PD10』:https://www.iriver.jp/products/product_251.php
qdc 『EMPEROR』:https://www.aiuto-jp.co.jp/products/product_4878.php
qdc『8Pro』:https://www.aiuto-jp.co.jp/products/product_4855.php
AZLA『TRINITY』:https://www.aiuto-jp.co.jp/products/product_5625.php●ご購入はコチラ
<取扱販売店(価格.com)>
Astell&Kern『A&ultima SP4000』:https://kakaku.com/item/J0000048445/
Astell&Kern『PD10』:https://kakaku.com/item/K0001690870/
qdc 『EMPEROR』:https://kakaku.com/item/K0001619638/
qdc『8Pro』:https://kakaku.com/item/K0001606898/
AZLA『TRINITY』:https://kakaku.com/item/J0000048296/<Amazon>
AZLA『TRINITY』:https://amzn.asia/d/9NgbjVE
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