連載:mplusplus・藤本実「光の演出論」(第六回)

パリコレで話題、ANREALAGEの“光る衣装”はどのようにして生まれたかーー「壊れにくいLED」と「衣服の技術」を活用した裏側を訊く

 LEDを使った旗「LED VISION FLAG」や新体操のリボンを光らせた「WAVING LED RIBBON」の開発、『東京2020 パラリンピック』開会式で光の演出を担当し『America’s Got Talent』にも出演するなど活躍の場を広げる、クリエイティブカンパニー・MPLUSPLUS株式会社の代表・藤本実氏による連載「光の演出論」。

 今回の題材は先日のパリ・ファッションウイーク(パリコレ)でも話題になったANREALAGEのショーについて。MPLUSPLUSは同ブランドとコラボし、テキスタイルに約1万個のフルカラーLEDを組み込んだルックを発表し、その場に招待された人だけでなく、ファッション業界全体の大きな話題となった。5月17日に行われる『TOKYO GX ACTION CHANGING ~未来を変える 脱炭素アクション~』のスペシャルステージでは、パリコレのショーを再現&スペシャルパフォーマンスも行う予定。申込期限は11日中とのことで、藤本氏の話を聞いて興味を持った方はぜひ足を運んでみてほしい。(編集部)

「ギラギラ」しすぎるLEDが“プリント&織物の技術”でファッションにも応用可能に

ーーまずは今回のパリコレにおいて、ANREALAGEとコラボすることになったきっかけを伺いたいです。

藤本:ANREALAGEさんがコレクションでLEDを使って表現をしたい、と考えていたなかで私たちの存在を知ってくれたようで「何かできませんか?」というお問い合わせをいただいたんです。

ANREALAGE AUTUMN/WINTER 2025-26 COLLECTION “SCREEN”

ーーコラボレーション開始から実際にデザインや制作に至るまで、どのようなプロセスがあったのでしょう。

藤本:最初にお打ち合わせをしてからデザインを開始するまで、実は1ヶ月以上かかっていますし、本格的に始めるまでにはさらに時間を要しました。その大きな要因の一つは素材選び、特にLEDの選定でした。まずはANREALAGEさん側に10種類以上のLEDと点灯チェックができるデバイスをお渡しして、どれが使えるか、それぞれのメリット・デメリットを検証していただくところから始めました。実際に光らせながら様々な動きに当ててみて、どのLEDが適しているかを選ぶところに1ヶ月ほどかかった、という感じです。

ーーパターンや衣服の素材も含め、互いに制約が生まれるコラボレーションでもあったと思います。

藤本:そうですね。LEDを使うとなるとある程度の面積が必要だったり、素材も固めの方が扱いやすいといった特性があります。通常の衣装制作であれば何も考えずにパターンを切れると思うのですが、今回は最初のお打ち合わせで先ほどのような制約をお伝えして、ANREALAGEさんがそこに合う最高のデザインを用意してくださったんです。制作期間も限られていたので、小さなパーツをたくさん作ってそれを組み合わせていくという発想になったのですが、それも制約があったからこそのアイデアだと思っています。

ーーこれまでMPLUSPLUSとしては“光るダンサー”のコスチュームを手がけてはいますが、“ファッション”となると勝手が違うのでしょうか。

藤本:かなり違いますね。自分たちとしては「ファッションとしての衣装制作は無理」だと思っていたので。LEDを使うとどうしても「ギラギラ」しすぎてしまい、いわゆるファッション、特にデザイナーの作品として発表するパリコレのようなクオリティにふさわしい衣装にはならないのではないか、と。なのでANREALAGEさんにもこちらから積極的に「できます」とは言わずに「この素材を渡すので、これで本当にできると思うならご一緒したいです」というスタンスを取っていました。ただ、実際にANREALAGEさん側からいただいた衣装を見て、驚いたと同時にコラボレーションを持ちかけていただいた意味が理解できました。京セラさんのプリント技術とシキボウの織物技術が組み合わさることで、非常に面白い表現になっていたんです。

ーー「面白い表現」とは?

藤本:最も新しい、面白いと感じたのは「絵の具のようなペイント感がありつつも、デジタル的なピクセルアートとして見える」という見え方ですね。これは、通常のLEDドレスとは一線を画す表現だと思います。透過率の高い生地や特殊なプリント技術と自分たちのLEDを組み込んだリボンやネット状の素材を制御する技術が合体することでしか実現しないものだと思いました。あと、特に革新的だったのは「一切見えない状態から、光らせることで絵が浮かび上がってくる」という表現です。これまで自分たちがメッシュやオーガンジーなどの素材を使って作っていた時のような、LEDの「ギラギラした感じ」や「ゴテゴテ感」が全然なくて。

ーーわかります。LEDが点灯していない時はまったく電飾の気配を感じなかったですし、なんならシースルーのスカートだと思っていましたから。

藤本:そうなんです、消えている時は本当に真っ黒な衣装で、LEDの存在がまったく分からないんです。そこに光が点灯すると、美しい絵や模様が立ち現れる。この表現は非常に新鮮でした。さらに、LEDをニット生地の中に「編み込む」という発想も驚きました。自分たちなら壊れたあとに交換するうえでのリスクを考慮して絶対に選択肢に入ってこないことなので。

“壊れにくいLED”が存分に活かされたニット生地への編み込み

ーーニットに関しては、数年前に開発したという“壊れにくいLED”の存在も大きかったのでは?

藤本:LEDの耐久性については、これまで長い間取り組んできた課題だったので、“壊れにくいLED”が開発できたのは非常に大きかったですね。以前は壊れやすく、少しの衝撃や曲げ伸ばしですぐに切れてしまっていたので頻繁な修理が必要でしたし、この壊れやすさがこれまで衣装制作に積極的になれなかった大きな理由の一つなので。“壊れにくいLED”に関しては、数年前に中国の工場と素材開発を進める中で、叩き続けても壊れないリボンや、どれだけ振っても壊れないストラップのようなものを作って実際に使用したことで、非常に耐久性が高いことを実証できました。

 実際、今回のパリコレの衣装は、3月のファッションウィークの後、5月のイベントのために一度段ボール箱に押し込められて保管されていましたが、先日改めて開梱した際、10万粒以上あるLEDが1粒も壊れていなかったのです。従来のウェアラブルテックでは考えられないほどの耐久性ですし、自分たちにとっては「やっとこれがビジネスとして、衣装として提供できるようになった」と感じる大きな出来事でした。もし10年前であれば、閉館後に残って毎夜2時間くらい修理に追われるような状況でしたから(笑)。

ーー改めて、今回のANREALAGEさんとのコラボレーションは、藤本さんやMPLUSPLUSにとってどのような刺激になりましたか?

藤本:自分たち自身が「衣装は難しいだろう」と考えていた領域で、ANREALAGEさんとの協業によって、予想以上の新しい表現、クオリティの高いものが実現できたことは、本当に大きな刺激になりました。これまで提案できなかったような見え方が可能になったと感じましたから。さらに、今回の成功を受けて様々な分野から問い合わせが来るようになったので、面白いコラボレーションは今後も増えていくと思います。

ーーそうした問い合わせを含めて、どのような反響があったのかを具体的に伺いたいです。

藤本:驚いているのは、問い合わせの半分近くがファッション業界ではないことです。スポーツ業界やライブエンタメ業界、ドローンを扱っている会社、さらにはテキスタイルの会社など、多様なジャンルから連絡が来ていますから。多分これって、普通のディスプレイと違って「ドレス」という身近で予想外な形でのLED表現を見て「これができるなら、自分たちの分野でも何かできるのではないか」と考えてくださったからだと思います。F1ラスベガスでのパフォーマンス(100人LEDフラッグ)も反響が大きかったですが、今回はそれに匹敵するレベルですね。

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