「桜井政博のゲーム作るには」の舞台裏 全260回のYouTube動画制作は“夢”を呼び起こし、“こだわり”の大事さを教えてくれた

HIKE映像チームのお気に入り回は「Show me your moves!」のアレ

──『ゲームセンターCX』さんとのコラボも含めると、全部で260回分ある動画ですが、皆さんそれぞれのお気に入りや、思い入れのある回はあるのでしょうか。差し支えなければ、お聞きしたいのですが。

松田:お気に入りですと「透過機能」の回ですね。あれはメンバーの3人全員が関わった上で遊んだ回になっていまして。私はサムネイルのディレクションを主に担当していて、「スケスケ」の文字は絶対にスケスケにしようと思って、あのようになりました(笑)。

 あと、キャプテンファルコンのボイス(「Show me your moves!」)が入っているんですけど、あれは撮影したゲーム動画の中に田中が仕込んでいたものを荒井が拾って遊んでいたという(笑)。

透過機能 【プログラム・テクニカル】

荒井:エコーまでかけて(笑)。

松田:そんな風にチーム全員でお遊びを入れて、楽しく仕上げられた回として、とても印象に残っています。

 個人として思い入れがあるのは岩田さんの回ですね。岩田さんが社長だったころの任天堂がちょうど自分が子供の頃だったので、思い入れがありました。基本的に映像チェックはディレクターが担当するのですが、その回のときは半泣きになりながらチェックしていました(笑)。

荒井:私も一緒になっちゃうんですけど、透過機能がお気に入りです。まず、素材を開いたとき、あのキャプテンファルコンの画像で笑ってしまいまして。「これは編集で遊ばなくては!」と思い、あのアピールボイスを入れました。

 ほかですと「A: 仕事の姿勢」は全部好きです。特に通常回ラストの「上は下なり、下は上なり」は今後の教訓にしていきたいぐらい、あのカテゴリーの中では一番好きな動画ですね。

上は下なり、下は上なり 【仕事の姿勢】

田中:私にとって思い入れが強いのは、さきほども話題に出た「伝説の1986年」の回でして。私がこだわったばっかりに、実は撮影が恐ろしく大変になった箇所があるんです。1986年に出たゲームは有名タイトルが多く、「そのいくつかが『スマブラSP』にも登場していますよ」と桜井さんがお話をされている場面があるのですが、そこでファイター以外で登場しているキャラクターを出そうと思って、いろいろ撮影したんです。

 その中に「スピリッツ」というのがあって、そこに「くにおくん」シリーズの主人公であるくにおのスピリッツをどうしても出したいと思ったんです。けど、あれはランダム入手以外の手段がないのと、くにおくんのスピリッツ自体のレア度が高めで。それでSwitchを2台並べまして、ショップをずっと開きながらくにおくんが出てくるのを……待ったんですよ!(笑)

 もう、何度も何度も何度もショップの更新を繰り返して!! それでようやく2日目にくにおのスピリッツが出て「出たー!」って大騒ぎしたんです(笑)。

 そのこともあって、凄く思い入れのある回となりましたので、本当に見ていただきたいです。特にスピリッツのくにおくんを見てほしいです!

伝説の1986年 【雑談】

──そういうところにも撮影の苦労があったんですね……(笑)。伊藤さんのお気に入りや思い入れのある動画はどちらになりますでしょうか。

伊藤:僕は「M: 雑談」の収納の回が凄く印象に残りましたね。弊社でもゲームの管理などはしているのですが、あのような管理方法があるんだな、と弊社でも少し採り入れようと検討するぐらいに勉強になりました。また、あそこまで管理をしっかりしているからこそ、素材を撮影するときも桜井さんの頭の中に「このゲームはあそこにある」と整理されているからこそ、スムーズにできたのかなとも思いました。

仕上げた動画のフィードバックが爆速で返ってくる

──実はチャンネル運営をする裏でゲーム制作を並行していた話にあるように、桜井さんは仕事量が凄いというイメージがあります。実際にみなさんが桜井さんと一緒にお仕事をされて、印象に残った出来事はありますか。

松田:……仕上げた動画についてのフィードバックが、その日のうちに返ってくるというのは狂気だと思いましたね(笑)。

 動画の本数が多いと返ってくるのが遅いこともあるのですが、少ない場合だと20時に提出して、21時前にはもう返って来ている感じですね。仕事をしていて「え、もう返ってきている!?」って、震えますよ(笑)。そういったレスポンスの早さに関しては、同じディレクターとしては見習わなければならないところだなと思いましたね。

 あと、ディレクターとしての視点になりますと、ゲーム業界のトップを走られる方の視点や観点を体感できたのは大きな学びでした。動画を出して確認するうえで、桜井さんはこういうところを見られていて、こだわりをかたちにしていくんだと知れたことは本当に大きく、2年半それを受け続けたことは財産になっていますね。

伊藤:フレームレートに関する指摘もありましたね。

松田:「G: モーション」にフレーム単位でお話しするところがあるんですけど、そこでフレーム単位のフィードバックを聞いたときは、「そこまで見られるのか!」と感じましたね。

G: モーション1 (まとめ動画) #01~#09

──そのような細やかなフィードバックが先ほど仰られた爆速の勢いで返ってくる、ということなのですか?

松田:そうです。1~2時間で返ってきますので、本当に尋常でないな、と(笑)。桜井さんの中で一本芯がしっかり通っているからこそ、早くて的確なフィードバックが返ってくるのだろうなと思いますね。

 そのフィードバックも感覚的な話ではなくて、具体性のある話にまとまっているんですね。言語化する能力がもの凄く高く、私もいちディレクターとして見習わなくてはならない、曖昧な返しをしてはいけないと強く感じました。

田中:「ここはこうだから別のに変えてほしい」「ここにはこのような意図があるから、こうしてほしい」と、分かりやすくピンポイントで伝えていただけたのはありがたかったです。あと、必ず代替案を一緒に添えていただいていたんです。その代替案が上手くいかなかったときも、「こういうニュアンスにしたいから、いい案があったらこういう風にしてほしい」と狙いを明確に伝えていただいていました。

 絵も分かる、音も分かる、間やテンポの取り方とカットごとの切り替わりも分かるからこそ、「自分はこうしたい」との指針が分かるのだなと感嘆しましたね。それはゲームを作っているからこそなのかもしれませんが、桜井さんだからこそであるように感じます。

──「スマブラ」シリーズが特にそうですが、ゲーム全体のディレクションからキャラクターごとの監修まで、幅広くやられている方ですから、間近でその仕事の凄さを知ることができた感じなのですね。

田中:監修と言えば、ソラ(キングダムハーツ)について紹介する回で、1ピクセルのゴミを見つけて、「これを消してほしいとフィードバックしました」というお話がありましたけど、私も素材としていただいた画像を見たんです。それが「本当にあるの?」と探してしまうぐらい小さくて、びっくりしましたね。

監修あれこれ : ソラ編 【グラフィック】

荒井:編集側からしますと、分かりやすい動画の作り方、見せ方について、この案件を通して徐々に身につけることができたのかなと思います。これまで、幅広い世代の方に受け入れられてきたゲームを生み出してきた御方なので、「こうすれば見ている人に伝わりやすい」みたいな細かい調整をしていただき、「確かに!」って気付かされることがたくさんありました。

 あと、少し被ってしまいますが、フィードバックが早すぎること。その日のうちに返ってくることがほとんどでしたので、この案件をやっている間は桜井さんから送られてくるフィードバックを見てから寝るのを日課にしていました。

──そこまでですか!

荒井:もう、どんな内容で返ってくるのかが良い意味で気になって……(笑)。

──フィードバックと言えば、最終回で「最初は23時からやり取りをしていて、20時をデッドラインにする方向に変わっていった」との話がありました。

松田:あまり遅いとその日のうちに確認しきれないということで、20時をデッドラインにしようとなって、それからは20時厳守となりました。

──過去のインタビューで、桜井さんはサウンド周りを細かく指摘すると目にしたことがあるのですが、今回の動画編集において、そうしたエピソードはありましたか?

田中:ちょっと趣旨はズレるかもしれませんが、『シルバーサーファー』の曲を流したいと言われたとき、私は「この辺がカッコイイ」と思って出したところ、「ちょっと違う、もう少し後の方」と言われて、切り取る場所を変えて提出したことはありました。「全体がかっこいいので難しいな……」と考えながら提出するような形でした(笑)。

荒井:あとは「原曲がすべて正しい」にて解説されていた『アテナ』の曲で「ここが表打ちで、ここは裏打ち。不思議ですね」みたいなことを言われたときは、「私、そんなの意識したことない……」とビックリしたことがあって(笑)。ただ、そういう細かい部分をスマブラのオリジナル曲でもしっかり再現して作っているというお話をしていて、相当に細かいこだわりを持っていらっしゃるんだなと思いました。

──ここまでのお話を伺っていると、早さもそうですが、フィードバック自体が非常に細やかなものになっているのだなと感じられます。

松田:おっしゃるとおり、細やかという印象があります。ただ、言い方が正しいかはわかりませんが、フィードバック自体に理不尽さみたいなものはなくて。「こんな風に改善したいからこうしよう」と、きちんと理屈の通ったお返しをいただけるので「いいものを作ろう、きちんと直していこう」という空気感で制作をすることができたように思います。

──ほかに桜井さんとのお仕事を通して、「凄いな」と感じられたエピソードがあればお聞きできればと思います。

松田:そうですね……。個人的な感覚になってしまいますが、あれだけの実績がありながら上から目線でないところは本当にすごいなと。桜井さんは、上から目線じゃないんです。実際に「上は下なり、下は上なり」と発言されてもいましたが、そのように取り組める環境を作っていただき、接していただけたので、とてもやりやすかったです。

 もちろん、私たちは桜井さんからご依頼をいただいて作る立場ということで、下流にあたるのだと思います。ですが、そのような関係性で仕事ができたことは印象に残っていますね。

──これまでの経歴を踏まえると、かしこまってしまうこともあったかと思うのですが、質問なども気兼ねなくできる関係性だったのでしょうか。

松田:本当に経歴の凄いお方なので、やっぱりかしこまってしまうのですが、桜井さんがそういったスタンスということもあり、こちらも気兼ねなく質問ができましたし、向こうから指摘をいただくのも苦には思いませんでした。そうした雰囲気作りの上手さも、ディレクターとして見習うべきポイントだと感じましたね。

2年半に渡る制作と投稿を経験して得られた知見と今後の展望

──最後の質問はみなさんにうかがえればと思います。今回の制作協力の経験を通して、映像チームとして今後の仕事におけるチャレンジに繋げたいと思うこと、新たに芽生えたものなどがあれば教えてください。

松田:個人としては、「こんなにこだわらなくてもいいか……」と割り切っていたことがあると思うんです。時間だったり、色々要因はあると思うんですが……そういうところにきちんと向き合うことを、桜井さんとお仕事をしていく上で考えさせられました。今後、自分がディレクターとしてやっていくうえでの大きな学びになったと思います。

田中:私はもうあれです。仕事を後回しにしない!(笑)

──「とにかくやれ!!」「いま、すぐ!!」と(笑)。

田中:はい……。後回しにしたりせず、ちゃんとすぐやろうと思いました……。

荒井:編集において、勉強になることがたくさんありました。それは今後に活かしつつも、この案件が終わってしまって、「もう、あの生活に戻ることはないのか」と、若干の寂しさがあります。

──前代未聞のプロジェクトに関わっていたという充実感があったということでしょうか?

荒井:当時は充実感というよりはプレッシャーの方が……(笑)。「これ、大きな失敗もなく最後までやり切れるのかな?」と。ただ、実際に終えてみると、凄く充実していたんだと感じています。

松田:本当に2年半、あっという間でした……。

伊藤:この2年半の制作を通して、本当に僕たちのマインドには大きな影響があったように思います。基本的に映像チームのほとんどは「BtoB」の仕事で、クライアントさんからのリクエストありきで作っているんです。もちろん、それに対しては100%、120%で応える映像を作っているのですが、「夢を持って仕事をする」ということをどこかで忘れてしまっていた、目をつぶってしまっていたのかもしれないと、今回の桜井さんのチャンネル運営と動画編集を通し、気付かされることがありました。最終回がまさにそうでしたが、僕たちはゲーム業界だけでなく、映像業界にも何か足跡を残せるものを作ることに今後はチャレンジしていきたい、そのマインドを持って取り組み続けたいと考えています。

松田:桜井さんの影響力というところでいくと、最終回スペシャルのプレミア配信時の同時接続数もさることながら、動画再生数が200万回に達したこともその大きさを表す一例なのかなと。弊社の話になりますが、クライアントさんから「最終回を見ました」というお声がけをいただくこともありました。それと、プレミア配信の後にはHIKEのコーポレートサイトがつながりにくくなりました(笑)。

伊藤:みなさんが一気に検索した影響でHIKEのWEBサイトへのアクセスができなくなってしまって……(笑)。そういうところにも影響力の大きさを感じさせられましたね。

※1 陸戦歩兵「レンジャー」、降下翼兵「ウイングダイバー」、空爆誘導兵「エアレイダー」、二刀装甲兵「フェンサー」のこと。それぞれ扱う武器からアクション、操作感までもが大きく異なる。

※2 『ドンキーコング64』(1999年発売)の3番目のワールド「マッドファクトリー」で遊べる、1981年のアーケード版『ドンキーコング』を忠実に再現した「DKアーケード」のこと。ちなみに収集要素のひとつ「バナナフェアリー」を6匹捕まえると、「ミステリー」のゲームモードでもプレイ可能になる。

ゲームトレーラーの“あるべき姿”とは? 桜井政博氏の提言と、ユーザーが持つべき審美眼

ゲームのプロモーション動画をめぐる桜井政博氏の発信が話題を呼んでいる。「トレーラーとは本来、どのような目的で作られるものなのか」…

関連記事