都市拡張音楽ライブ『Hyper Music Venue』特集

「自分の作品を残したい」 でんぱ組.inc・古川未鈴が知識ゼロから“ARライブ制作”に挑戦した理由

 人間は根本的に「創作」が好きな生き物だ。

 ノートの端っこでパラパラ漫画を描く人もいれば、大きなキャンパスを使った絵画を描く人もいる。ギターを片手に作詞作曲をする人もいれば、パソコンを使って小説を書く人もいる。歌や絵、文章にかぎらず、料理や洋服、香水など……挙げればキリが無いほどに、さまざまな分野で創作活動がおこなわれている。

 そのなかで、“実体”を持たない「デジタル空間」がいま、注目を集めている。

 11月22日から開催されている音楽ライブプロジェクト『Hyper Music Venue』は、まさにそんなデジタル空間の一種「ARライブ」の創作・体験イベントだ。このプロジェクトでは、空間プラットフォームである『STYLY』を利用して、誰でも自由にフィーチャリングで参加するアーティストたちのARライブを作ることができる。そして、体験者は制作された作品を、現実の渋谷に重ねて(=レイヤードして)ライブを楽しめるのだ。

 そんな『Hyper Music Venue』の取材をしていると、フィーチャリングアーティストである「でんぱ組.inc」の古川未鈴がARライブの制作にチャレンジしたという報告が届いた。そこで、今回はその制作過程をお伝えすると共に、「デジタル空間」がどうやって作られているのかを紹介したい。

でんぱ組.inc・古川未鈴がAR空間の制作にチャレンジ

 「デジタル空間」の制作というと、「いわゆる3D制作ソフトを駆使して難しそうなことを沢山しないといけない」というイメージを持つ方も多いだろう。しかし、『STYLY』ではそれをWEBブラウザひとつでも作れるようにしており、制作へのハードルが低いことが特長となっている(ただし、今回のプロジェクトでは一度それらのソフトを経由する必要がある)。

 実際、今回ARライブの制作にチャレンジした古川も「もっと色んなものが介入してくるイメージだったんですけど、これ一つでいけるんですね」と、当初のイメージと違ったことに驚きを見せた。もちろん、やろうと思えば『Unity』や『Blender』などの3Dソフトと組み合わせることもできるので、制作の幅が狭まることもない。

 『Hyper Music Venue』で制作されたプロジェクトは、渋谷のスクランブル交差点で『STYLY』のアプリを開き、スマートフォンのカメラを建物にかざすと、ライブが再生される仕組みだ。

 「スクランブル交差点をQRコードリーダーのQRとして使うみたいな感じなんですね。没入感がスゴそう……!」と、はやくもワクワクした顔の古川。

 さっそくブラウザベースの制作ツールである『STYLY Studio』を開くと、画面に広がるのは渋谷スクランブル交差点がスキャンされたデータだ。画面の操作方法は簡単で、マウスの右クリックを押しながらキーボードのWASDキーを押すとゲームのように画面が動かせる。古川も「あー! これはゲームですね。なんかFPSの試合が始まりそう(笑)」と、見知った操作に安心した様子。

 空間になにかを配置するときは、写真のマークをクリックしてやればいい。メールに写真を挿入するようなイメージで、簡単に追加することができる。公式で用意された素材も利用することができるので、初心者にも安心だ。

 「あ、もうなんかある(笑)」と喜びつつ、さっそく金魚の3Dモデルを配置することにした古川。3Dモデルを選択したときに表示される「ギズモ(Gizmos)」という目印を操作してやれば、大きさや回転、位置を調整することができる。古川もさっそくグリグリと金魚を動かし「おー! こういう風に作るんだ!」と、3D制作の第一歩を踏み出して喜びの表情を見せた。

 さらに追加のオブジェクトを配置することにした古川は、その場でスマホを開いて自撮りを始める。まさかの“撮り下ろしショット”がシーンに追加された。その後、サイズを調整して「巨大な古川未鈴の自撮り」がSHIBUYA TSUTAYAの目の前に無事、配置された。

 ここまで来れば、あとは公開するだけ。気の済むまで3Dモデルを配置して、完成したら地球儀のボタンを押せばよい。「Go to Publish」から公開すれば、オリジナルARライブの完成だ。

 初めての3D制作ということで、最初こそ緊張していた古川だが、制作後には「思ったよりも簡単でした!」と笑顔を見せてくれた。3D制作は、カメラの移動がある分イラストなどと比べて操作に慣れるのが少しばかり大変なのだが、「完全にゲームをやっててよかった瞬間です」と古川が話したように、3Dゲームで遊ぶ人であればすぐにコツをつかむことができるだろう。

 少しして、だんだんと操作に慣れてきた古川は、さらに自身の作品をアップデートしていく。ウキウキでお花を配置したり、アーケードゲーム筐体の画面に“さらなる撮り下ろし写真”を重ね合わせてオリジナリティを発揮したりと、制作を進めた。時間にしてわずか20分ほど、一通りの説明で「操作方法」よりも「どんな作品にするか」に考えが向いていることを踏まえれば、『STYLY』がいかに手軽なツールであるかが伝わるだろうか。

 制作後の古川に、『STYLY』での制作について簡単な感想を聞くと、以下のように話してくれた。

「ゲーム感覚で作れるし、思っていた100分の1ぐらい簡単だったな、というのが率直な感想です。もっと詳しい方はここから色んなソフトを使ってカスタマイズしていくと思うんですが、超入門編の私でもこんなに簡単に作れてしまいました。

 いまの世の中って、ARやVRなどがわーっと溢れていますけど、なんとなく難しそうなイメージだったんです。それをさらに自分で作るなんて『専門知識がないと無理でしょ……』みたいな気持ちでした。今日でそれが払拭されましたね!

 最初の一歩って、きっとハードルがすごく高く感じられると思うんです。でも、思ったよりもそのハードルって“激低”でしたし、面白半分でもやれちゃうぐらいだったので、いいキッカケになると思います! ぜひ、みなさんにも『STYLY』を触ってみてほしいです!」

 作品の見どころについて、古川は「渋谷スクランブル交差点でしか見られない私の自撮り写真をどどんと置いているので、ちょっとレアな写真をぜひ見て欲しいです! あと、私といえばやっぱりゲームということで、レトロなアーケードゲームのモデルを置いているんですが、しっかり中まで見てもらえると、『なんじゃこりゃ!』と楽しんでもらえるんじゃないかと思います(笑)」と話してくれた。

そもそも、どうして古川はAR制作にチャレンジしたのか

 ところで、今回の『Hyper Music Venue』において、「でんぱ組.inc」はフィーチャリングアーティストとして参加している。どちらかといえば制作する側ではなく、“制作される側”の立ち位置だ。そんななか、なぜ古川はARライブ制作にチャレンジしたのだろうか。理由を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「これまでのアイドル人生で、“自分で作品を作る”という経験をあまりしたことがなかったんです。しかも、3DやARって専門知識も要りそうだし、結構苦手な分野だと思っていて。でも、やっぱり“自分の作品を残したい”という思いがあって、今回手を挙げさせてもらいました」

 渋谷の街が変わっても、『STYLY』に残された作品は変わらずに楽しむことができる。そして、2025年にエンディングを迎える「でんぱ組.inc」だが、こうしてデジタル空間上に作品を残せば、ファンは彼女たちにいつでも“会いに行ける”。『Hyper Music Venue』には、さまざまな作品を楽しめるだけでなく、一種のデジタルアーカイブとして機能する側面もあるのだということを、改めて感じさせられる。

 古川が残す作品が、どんなものになったのか。ぜひあなたの目で確かめてみてほしい。作品は12月22日まで体験可能だ。

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