『ゼンレスゾーンゼロ』の音楽カルチャーにみる、「ものづくりの基本」の大切さ “ブレーキなし”のクリエイティビティを紐解く

 HoYoverseは11月6日、都市ファンタジーアクションRPG『ゼンレスゾーンゼロ』(以下『ゼンゼロ』)のVer.1.3「虚ろに潜む報復劇」をリリースする。アップデートに際し、新S級キャラクターとして月城柳とライトが実装。6日から始まる前半のバージョンアップで月城柳がまず登場する。

 10月29日には同キャラクターのエージェント戦闘情報(紹介PV)がYouTube上で公開され、BGMには和風なメロディを孕んだテックハウスが採用された。

エージェント戦闘情報:月城柳 | ゼンレスゾーンゼロ

 7月4日にローンチされてから、『ゼンゼロ』は優れた音楽性で広く話題を呼んできた。今日に至るまで、キャラクタートレーラーが公開されるたびに我々プロキシ(ゲーム内におけるプレイヤーの呼称)を驚かせている。この記事では、ダンスミュージックを出発点としながら本作のクリエイティビティについて紐解きたい。「音楽」が素晴らしいのは間違いないのだが、それだけで終わらせるとあまりにもったいなく、このゲームで実践されている“ものづくり”には、参照すべきヒントが山ほどある。

 まずは、リリース前の『ゼンゼロ』から振り返ろう。

「調律テスト」PV「初仕事、お手並み拝見!」| ゼンレスゾーンゼロ

 「調律テスト」PV(2022年8月公開)や「吸音テスト」PV(2023年11月)など、本作はローンチ前から小気味いいリズムパターンを採用したブレイクビーツやトリップホップ的なサウンドを採用し、ダンスミュージックの要素を打ち出していた。ニコの実践紹介PVではロウハウス、猫又のPVではグライムが参照されている。

ニコ実戦紹介「ビジネスのちから」| ゼンレスゾーンゼロ

 サービスが正式に開始される前から明らかに音楽に力を入れていることが分かり、間欠的に公開される動画では実にさまざまなビートが鳴っていた。HoYoverseが展開するほかのタイトルでもたびたびダンサブルな音楽はリリースされていたが、『ゼンゼロ』の場合はさらに明確に「それ」とジャンルを指摘できるダンスミュージックが実装されている。

 そしてローンチ直前の7月2日、界隈の御大TiëstoとLucas & Steveのスーパータッグによる「ZENLESS」がリリースされた。あらためてTiëstoについて補足すると、シンプルにダンスミュージックの超ビッグネームである。とりわけ2010年代のEDMシーンを語るうえでは、同氏の存在は不可欠だろう。アメリカのUltra Music FestivalやベルギーのTomorrowlandで「常に」ヘッドライナーとしてブースに立ち、出演するフェスの多くでトリを務めていた。中国発祥のダンスミュージックフェス『Storm Music Festival』でも、御大は2016年の北京開催で当然のようにヘッドライナーを任されている。

 Lucas & Steveもアリーナクラスの人気を誇っており、イギリスのダンスミュージック誌『DJ Mag』がファン投票によって毎年決定する「Top 100 DJs」にもたびたび名を連ねている。

ZENLESS - Tiësto × ゼンレスゾーンゼロ

 極めつけに、今年8月にイギリスの音楽フェス『Creamfields』との共同プロジェクトとして「Hyper Commission - Creamfields North 2024」を実施。Tiëstoを含めた世界に名をはせるDJ / プロデューサーを招聘した。3日間にわたって行われた祭典に、Martin GarrixやArmin van Buuren、Third Partyら大物DJ/プロデューサーが参加している。

 同フェスの2日目にトップバッターとしてステージに上がったのが、ゼンゼロ世界からやってきた乙(Sān-Z Studio)である。このDJがかけた曲はほとんどがゲーム内で聴けるもの(アレンジやリミックスを含む)で、当日のミックスは9月13日にYouTube上にアップされている。

 TB-303がモリモリ使われたアシッドテクノ(ウニウニうねるようなベースラインが特徴的)「VR」、EBMやダークテクノ的なニュアンスの「浸食の剣」、凶悪なベースが印象的なブロステップ(USダブステップ)「四つ腕の板前」。Dog Blood(SkrillexとBoys Noizeによるユニット)やJOYRYDE、Virtual Riotあたりのファンは垂涎もののDJ Setだった。

極限依頼 | 2024 ゼンレスゾーンゼロ パフォーマンス 完全版

 ちなみにこれらの楽曲は、いずれもゲーム内の「自室」で視聴可能だ。この動画だけでも語るべきポイントは1記事分以上あるのだが、今回は割愛する。なぜなら、『ゼンゼロ』はダンスミュージックを得意分野としているが、「専門家」になるつもりがない(ように見える)からだ。

 このゲームでは、新S級キャラクターが実装される際にその人物に対するEP(いわゆるキャラクターソング)が発表されることが多い。朱鳶の「角砂糖が沈むまで」ではワーキングウーマンのささやかな日常と家族への愛情が、青衣の「朱に染まりし青煙」では京劇風の歌をモチーフに“ベテラン治安官としていまを生きる機兵の半生”が描かれた。歌詞の重要性を加味すると、身体性に重きを置いたダンスミュージックというより、はっきりとリスニングミュージックを志向していると言えよう。

朱鳶EP「角砂糖が沈むまで」 | ゼンレスゾーンゼロ
青衣MV「朱に染まりし青煙」|ゼンレスゾーンゼロ

 あまりにも乙女チックでファンキーなシーザーのEP「pinKing」には面食らったが、この曲が実装された3日後には、1回のすり抜けを経て、屈強な盾を構えた戦士が自分のパーティすべてに鎮座していた。

シーザーEP「pinKing」 | ゼンレスゾーンゼロ

 作中における重要な装備アイテム「ドライバディスク」にも目を移そう。これらをキャラクターに装着することで能力を大きく伸ばすことができるが、いずれも音楽のジャンルがモチーフになっている。

 「スイング・ジャズ」に「獣牙のヘヴィメタル」、「ソウル・ロック」や「ホルモン・パンク」など……。ジャケットのアートワークも含めて、プレイヤーの想像力を大いにかき立てる。Ver.1.2リリース時には「プロト・パンク」と「ケイオス・ジャズ」が実装されており、ますます音楽の世界観は広がるばかりだ。ディスクを分解/製造できるのが「吟遊ニードル」というCDショップなのだが、まさしくこの興奮はレコード屋で円盤をあさるときの感覚に似ている。

 「ケイオス・ジャズ」のアートワークはJoe Armon-JonesやNubiyan Twistを想起させ、ディスクの中身が気になってしまうほどだ。これはそもそも「似ている」と言いたいのではなく、もっと共感覚的というか、文脈を共有できるかどうかが重要なのだ。ロバート・グラスパーのアルバム『Black Radio』(2012年)が良い例だが、昨今の「ジャズ」はジャンルの垣根を超え、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックと結び付きながらグルーヴの“混沌”を生み出している。Spotify上でも「X-Over ジャズ!」など盛り上がりを見せており、星の数ほど存在するジャンルからこの名前がディスクにあてられたことに作為を感じる。

Robert Glasper - Black Radio EPK
Nubiyan Twist『Find Your Flame』

 先述のダンスミュージックしかりディスクのモチーフしかり、7月4日のリリースからわずか3日間でグローバルで5000万ダウンロードを達成した都市ファンタジーアクションRPGを支えているのは、ハイコンテクストなクリエイティビティなのである。先日まで行われていたイベント「エーテル虚境漫遊」も、90’s〜00’sのレイヴカルチャーを彷彿させるアートワークが印象的だった。

 自分の経験談も踏まえて書くが、こういったニッチな創作は得てして平均化される。たとえば投資を募る段階や社内の上層部にかけあうフェーズで、「マーケットを意識すべき」というお達しが下る。『ゼンゼロ』のように極まれに先鋭化されたまま世に出ることがあるが、この状況が恒常化するとクリエイター側にもブレーキがかかるようになってしまう。

 それについては、デザイナーの有馬トモユキ氏がYouTubeチャンネル「ゲームさんぽ」に出演した際、『ゼンゼロ』のUIデザインに触れて、「『産業全体の理想』を急に見せられた感じ」と表現し、以下のように続けている。

「ちょいとした事情で無理だったんだよねみたいな……年齢を重ねていくと気付いたら、そういう『避け方』が上手くなっていっちゃうということが僕のいまの最大の危惧なんですよ。そういうの(理想)はできないと思うので……(代案提出)みたいな。でもたぶん画の世界ってのを真剣に変えていく人って、『CMYKで出ない色をどうしても我慢できない』みたいな、『遠慮なく黄緑を使う人』が文明を動かすんですよ。たぶん産業にアジャストしていくと、『CMYKだとこのへんまでしか出ないよね』とわかって画を描いて納品する人が出て……。だから『そうじゃない』ってことを言い続けるのはやっぱり結構大事」(引用:【改めてヤバい】ゼンゼロ制作陣のチーム構成がどう考えても夢/ゲームさんぽ

 音楽に関してもほぼ同じことが言える。『ゼンゼロ』の革新的な試みは功を奏し、今日までにプレイヤーから「非常に理想的な」フィードバックを得られているようだ。しかしその一方で、本作の音楽プロデューサーを務めるYang Wutao氏はニュースサイト「Screen Rant」を通じて、「マスの好みと個人的な表現のバランスを取るよう、今後も努力していきます」とも述べている(引用:How DJ Tiesto Made It Into Zenless Zone Zero & Why He's Perfect For The Game)。

 なお、Yang Wutao氏はここまで紹介したエレン以外のEPを担当しており、プロデューサーとしての幅の広さを見せている。そのうえ、同氏は先の「Hyper Commission - Creamfields North 2024」のコンポーザーとしてもクレジットされており、ダンスミュージックのプロデューサーとしても辣腕を振るっているところだ。Ver.1.2の後半で実装されたバーニスの「バーニング・ディザイア」では、1時間仕様のプログレッシブハウスを実践した。

バーニスEP「バーニング・ディザイア」|ゼンレスゾーンゼロ

 つまり、ゴールはアウトプットの先鋭化でもなければ最大公約数的なアプローチでもないのである。言うまでもなく、“楽しいゲームを作り、それをユーザーに遊んでもらうこと”だ。「こんなに長々と書いたうえで何を言うんだお前は」と、ここまで読んでくださったあなたは思うかもしれない。しかし、さまざまな理由からそういった“当たり前”ができずに頓挫する企画が世の中の、まさに産業の大半を占めるのである。

 そしてそれはゲームに限った話ではない。『ゼンゼロ』は、ものづくりの基本、「なぜそれを作るのか?」にあらためて立ち返らせてくれる作品だ。素晴らしい音楽の先に、クリエイターの限りない情熱を見た。

 

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