VTuber文化の広さとグラデーションを表現するために 岡本健×山野弘樹が明かす、『VTuber学』に込めた思い

岡本健×山野弘樹『VTuber学』対談(後編)

表紙のイラストにこめられた「先行研究へのリスペクト」

最初にキズナアイがYouTubeにアップした動画「【自己紹介】はじめまして!キズナアイですლ(´ڡ`ლ)」より

バーチャル美少女ねむ:メタな読み方というと、先日『VTuber学』のKindle版を購入したのですが、検索機能を使ってみるのも面白かったです。たとえば「電脳少女シロ」と検索すると、どの研究者さんがシロちゃんに興味を示しているかとか、どういう文脈で言及されているのかが分かるのが面白くて。

岡本:『VTuber学』そのものを研究できるわけですね。

バーチャル美少女ねむ:まさに学術書らしい楽しみ方もできますね。

岡本:おっしゃる通り、それって本当に学術書的な楽しみ方なんですよね。書いてあることそのものを理解するのも大事なんですけど、この本ってそもそもどういうものなんだろうとか、書くにあたってどういうデータが必要だったのだろうかとか、メタに考えてみることは学者がよくやることなんです。

 この本の意義はなんだろうとか、他の本と比べたときにどうなんだろうという見方は、すごく研究者的ですね。

バーチャル美少女ねむ:また本文では、これまでおこなわれてきたVTuber研究に対してリスペクトする姿勢もあって、引用などもされていたのが印象的でした。

岡本:実は学術的な論文や学術書では、それがすごく大切なことなんです。これまでどんな研究があって、それとどう関係してるのかという経緯を踏まえて、歴史の1ページに自分の研究を付け加えるという発想が大切で。

 実は、表紙のキズナアイさんのイラストは、本の上に「キズナアイさんが腰掛けて新しい本を開いてペンでなにかを書いている」という絵なのですが、これはまさにそのことを表現しているんです。これまでの様々な研究、書籍や論文といった知見の上に乗っかって、新しいものを付け加えているという。

バーチャル美少女ねむ:なるほど! キズナアイちゃんが座っている本の数々は、先行研究を意味していたんですね。表紙のデザインが『VTuber学』の思想を体現していたとは。

山野:もうひとつあって、キズナアイちゃんがメインイラストなので、イラスト原案は全体的にピンク色っぽかったんです。でも岡本先生が、色合いでもVTube文化の多様性を表現したいとおっしゃって、オレンジ、青、緑など複数の色合いを用いることにしたんです。

バーチャル美少女ねむ:なるほど。ちゃんといろんなVTuberの多様性を表現したんですね。

岡本:そうです。細かいことをみんなで話し合って、何往復もやり取りをしましたね。表紙を決めたのは内容がほとんど決まったあとだったのですが、本文中で多くの人がキズナアイさんに言及していて、キズナアイさんを起点にVTuber文化が多様に花開いたのが非常に興味ぶかいところでしたので、そこを表現したいと思っていました。

バーチャル美少女ねむ:表紙にキズナアイちゃんがいるのは、初期からVTuberをやっている人であったり、最初期のVTuberファンにとってはめちゃくちゃ嬉しいことだと思います。

 一方で、キズナアイちゃんはリアルタイムで活動してはいないじゃないですか。おふたりがVTuberに関わり始めたのも、すぐにキズナアイちゃんがスリープに入ってしまったタイミングなんじゃないかと想像するのですが、おふたりにとってキズナアイちゃんはどのような存在ですか?

岡本:私は、今リアルタイムで活動しているかどうかはあまり考えていなくて。VTuberの現在の文化を作ったきっかけの方であるという受け止め方です。なので、仮にキズナアイさんが完全に引退してしまっていたとしても、表紙を飾るのに最適な存在だと考えたことに変わりは無かったと思います。

 私はVTuberを黎明期から見ていたわけではなく、いわば後追いで調査をしている立場になるのですが、過去のことを調べたり皆さんから教えていただいたりしたときに、いろんな方がキズナアイさんの名前を挙げるんです。それを思うと、本当にいろんなところに影響を与えた存在なんだなと思いますし、象徴としてキズナアイさんが表紙というのは何の違和感もないと思いました。

山野:僕自身も岡本先生と同じ意見です。僕も後追いでVTuberを知っていきまして、見始めて少しした頃にキズナアイさんのラストライブがあったというタイミングだったんです。

 ただ、今の立場で表紙に誰を選ぶかと言ったら、この人(キズナアイ)を置いて他にはいないでしょうね。完全に岡本先生のおっしゃる通りだと思います。ただ、一方で「VTuberカルチャーの中でのキズナアイ」という存在は、難しい存在でもあるとは思っていて。キズナアイさんは原点の存在ではあるけども、“典型的なVTuber”ではなかったんですよね。

岡本:よく言われることですね。

山野:キズナアイさんが体現していたバーチャルYouTuberというあり方が、2018年の前半くらいから、バーチャルライバー型のVTuber、あるいはストリーマー型VTuberといった形で、少しずつ変わっていったんですよね。つまりキャラクター設定をちゃんと作って動画投稿をしていくタイプのVTuber文化と、にじさんじやホロライブのような配信でパーソナリティを見せるVTuberの文化が並走して出てきて、やがて後者が盛り上がってくるという流れですね。

 なので、キズナアイさんから入ったVTuberリスナーと、にじさんじやホロライブ、その前のアイドル部などから入ったVTuberリスナーでは、「VTuber」という言葉からイメージするものが全然異なるのではないかと思っています。にじさんじ、ホロライブのファンがかなり多いのは事実なのですが、VTuberカルチャーの黎明期から知っている根強いファンの方々も当然いますので、『VTuber学』の射程としては、両方のファンの方々へ目配せがしたい。キズナアイさんは黎明期のカルチャーの原点なわけですから、表紙に起用しつつも、多様性を表紙イラストで表現したり、内容面でも多様なVTuberの方々の動向や活動を紹介することで、様々なリスナーの方々へ配慮しているのが、『VTuber学』の特徴なんじゃないかなと思っています。

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