にじさんじ・壱百満天原サロメの成長譚 高潔な精神性と自罰的な思考のはざまで
ポジティブなだけではない、自罰的な思考から生まれる慈愛の精神
「わたくしのことをポジティブ人間だと思います? 今でもわたくしを見ている人はネガティブだと思っている人もいるでしょう。配信するにあたって皆様に笑顔になって欲しかったから、ネガティブだけど笑顔でいようって思って活動しているんですのよ。なので『ポジティブかな?』って思ってくださってると思っていたんですのよ」
「まえに話したかと思いますけど、死のうかなと思っていた時期もあったし、実際に死のうと思って結局うまくいかなかった。なんかそう思うと『生きている』で良いなぁと思います」
「ただ難しいのが、『生きている』ことで余計に辛くなる瞬間もすごくあるってこと。生きているからしんどいんだっていう瞬間もすごくあるので、それが難しいところだなとは思いますね」
じつは壱百満天原サロメは、学生時代に引きこもり状態が続き、大学でもうまく馴染めずに中退したことを初配信で語っており、いま配信でみせているような“明るくポップな壱百満天原サロメ”ではなかったという。
ある種の自罰的な思考はかなり根が深いようで、自身の2周年記念配信でにじさんじメンバーと自身の人間関係相関図を描いたあと、その後の配信でたまたま過去の自分が描いた人間関係相関図を発見したと報告。「たぶん病んでるときのわたくしですわね」と話しつつ見せた関係図は、世界から手当たり次第に嫌われている自分という図だったのだ。
このときはかなりサラっと話をしているわけだが、ここまでの数年の配信において、自身の精神が不安定だった時期の話、学生時代の引きこもりエピソードを何度か打ち明けている。その体験・経験をうまく言葉にしてリスナーに優しく諭すように言葉を残しており、非常に心あたたかな表情を見せてくれてもいる。
そういったことが影響してか、彼女はかなり人見知りをするタイプであり、人が多くいる際のコミュニケーションにかぎらず、そもそもの対人関係に不安そうにしたり、極度に緊張してしまう姿を配信でしばしばみせていた。現在でも全く話したことのないメンバーがいるときは自分から言葉をかけることはせず、他の方から紹介されてもしどろもどろな表情と言葉遣いをみせることが多い。
思えば、彼女はデビューしてからにじさんじのメンバーとコラボするまでにかなり長い期間をおいていた。2022年5月24日にデビューしてから約4ヶ月後に月ノ美兎の誕生日記念へ参加、これが壱百満天原サロメにとってライブ配信上での初コラボ(共演)となった。
また、2022年夏に開催された『にじさんじ甲子園2022』において、監督としてレオス・ヴィンセントがドラフト1位に指名。あくまでパワプロアバターを通して企画に参加している。
実はサロメは球技やチームスポーツがかなり苦手であり、企画への参加そのものを断っていたのだが、連絡がうまく伝達されずそのままドラフトされてしまったという裏話がある。だがここで彼女と出会ったのが、レオスが2位に指名し、同じ関西出身かつにじさんじの顔役でもある樋口楓であった。
レオスはサロメを投手に、樋口を捕手とした「ですわバッテリー」を結成。「超大型新人×にじさんじの柱」という関係にくわえて互いに関西出身であったこと、そしてレオス本人の熱い配信がキッカケとなり、配信外でメッセージを送りあった2人は徐々に仲を深めていった。
この年の年末には、サロメが高級クリスマスケーキを使ってスタジオから配信をした際に、「配信しているサロメに対してなにをして良い」という制約のもと、樋口がとんでもない行為を仕掛けてみせる一幕もあり、徐々に彼女は周囲との距離感を掴むようになっていった。
2023年に入るとソフィア・ヴァレンタイン、アンジュ・カトリーナ、周央サンゴと、着実にコラボの輪を広げ、「にじさんじ 5th Anniversary LIVE 『SYMPHONIA』」2日目にリゼ・ヘルエスタ、星川サラ、不破湊といった面々とともにライブを披露。4月30日には笹木咲とともに『にじさんじポケモンジムバトル』を主催し、天宮こころ、葉加瀬冬雪、卯月コウ、花畑チャイカ、加賀美ハヤトといった面々と絡んでいる。
現在のにじさんじでは、新人を迎えるにあたって何かしらの公式企画がおこなわれていること、くわえて前半で記したように、当時の彼女が“サロメフィーバー”のさなかにあったことも踏まえれば、「にじさんじの誰ともコラボをしていなかった/関係を持っていなかった」という状況がいかに特殊だったか伝わってくる。
また、こうとも捉えられる。その特殊な状況は壱百満天原サロメのブランドを高めた一方で、たしかに彼女の活動を難しくさせつつ、彼女を助けていた部分があったのではないか、と。
あまりにも一気に高まってしまった人気のなかで、彼女自身どのような活動をしていけばいいのか悩んでいたであろうし、自己肯定感の低さや人付き合いが不得手な性格ゆえにコラボ配信をするにも積極的にいきづらかったはず。そんなサロメにとって、何人も寄せ付けない熱狂的なムードは彼女にとって渡りに船だったのかもしれない。
そんなサロメだが、ことし2024年に入ると、『にじさんじGTA』でより多くの人らと顔を合わせ、コミュニケーションを取る壱百満天原サロメがそこにはいた。加賀美とラーメン屋対決で大立ち回りをし、おなじ関西出身の葉加瀬がとなりでだまり気味にツッコミ・ちゃかし役を担っていたあの空気は、新喜劇のようですらあった。
ちなみに樋口の家には、サロメなどが料理をするために使う調味料が揃っているようで、彼女が喉を手術して活動休止した際には、「仕事までの間に会いますか?」「関西に帰省中でしたら会えるタイミングで会いましょう」と彼女を外に誘いだし、樋口の愛猫が病気になってしまい落ち込んでいた際には、2人で行く予定であった旅行をキャンセル・猫アレルギーにも関わらず会いにいったりと、樋口から見るとまさに「聖人」のように見えたようだ。
にじさんじを引っ張ってきた“かえみと”との絡みをキッカケにし、あまりにも大きすぎる期待やプレッシャーを抱え、人付き合いに不慣れであったろう彼女は、徐々ににじさんじの輪へと加わっていくようになったとも見えてくる。
こうしてみると、彼女が語る「お嬢様になりたい!」という願いは、そっくりそのまま「素晴らしい人格者でありたい」というようなイメージとともに、「人並みな人間でありたい」という意味合いをも踏まえているようにもみえる。強すぎる自罰的思考に苦しみつつも、すこしずつ自己肯定感や自尊心を徐々に構築していくようなその流れは、そのまま“壱百満天原サロメの成長譚”として受け取ることができよう。
また彼女はこれまでに、女性としての人権やジェンダー、LGBTQに関する寛容かつ理解ある意識を垣間見せることもある。そこには肯定的なニュアンスを微笑ましい笑顔とともに示すその姿、今後も何気ない仕草・所作のなかに強いメッセージを発する瞬間があるかもしれない。
自身がこれまでに抱えていたネガティブな姿・アイデンティティを覆すように、「お嬢様になりたい!」と強く願い、自己変革・自己肯定の色を強めていく壱百満天原サロメ。その内訳がいかに破天荒で、ゴージャスで、エレガントであっても、もはや無二の個性として存在感を発揮しているのは否定しようがない。
ある意味では、彼女は彼女の打ち出したいメッセージをこれ以上なく打ち出すことに、すでに成功しているのだともいえる。あとは「どのような形で打ち出していくか?」という細部の表現・スタイル・スタンスにかかっている領域まで来ているだろう。壱百満天原サロメによるセカンド/サードフィーバーの幕開けは、もしかすればそこから始まるのかもしれない。
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