立体音響と触覚提示技術で“夜明け”を表現 若狭真司らが語る「音に触るように聴く」挑戦的企画の裏側

「音に触るように聴く」挑戦的企画の裏側

アンビエントミュージックに傾倒したきっかけは「BGMへの不満」

ーーそもそも、若狭さんがアンビエントミュージックを作り始めたきっかけについても教えてください。

若狭:きっかけは、環境音楽への不満です。たとえば、施設で流れているBGMって、J-POPの有名曲をオルゴール調にしただけのものとか、どこか聴き覚えのあるものばかりで。正直、僕はそれがずっと苦手だったんです。それで「これ、もっと何とかならないかな」と思って、自分なりにアンビエントミュージックを作り始めました。

 ただ、こういう考えの背景には個人的な経験にも由来しています。子どものころ、親の入院で病院に行くことが多かったのですが、その時からなんとなく病院に対する怖いイメージがあって。そういう印象は今でも変わっていません。でも、そういう場所で明るい音色のBGMが聴こえてきたら、少しは気持ちが楽になるんじゃないかなって思うんですよね。

 そう考えると、部屋の壁紙を明るい気分になる柄のものに変えたり、心地よく過ごせるように置いてある椅子をもう少し上質なものにするのと同じようにBGMにももっとこだわってもいいと思うんです。それにこういった意識が広まれば、今回の展示のように、もっと音を体で感じたいという欲求が生まれてくるはずです。

ーーたしかにそういった場所で流れているBGMはどれも同じような気がしますし、どこか聴き流してもいいと思っている人が多い気がします。話を聞いていて、生活に密接に関わる環境音楽ということであれば、もっとその質にもこだわってもいいのかなと思いました。

若狭:そういう意味では、今の僕のアプローチは、芦川聡さんのようなアンビエントミュージックの先駆者たちのアイデアを、さらに一歩進めたものかもしれません。たとえば、一般的なアンビエントミュージックと違い、僕自身の表現として音量の必要性や音の物質性に向かっているのは、必然性があってやっていることなんです。僕は、こういう新しい形の音楽作品を追求し続けたいと思っています。

ーーこれまで多くのファッションショーに楽曲を提供してこられました。アンビエントミュージックとファッションは、ともに人々の日常生活に関わるものだと思いますが、この2つの相性について、どのようにお考えでしょうか?

若狭:ファッションショーの音楽は性質で言えば、アンビエントミュージックとは正反対です。でも、制作プロセスには共通点があるんですよね。

 たとえば、ファッションショーの音楽を作る時は、デザイン思考が求められるというか、デザイナーと話し合いながら、ショーのストーリーやコレクションのコンセプトを探っていくんですね。そうすると、相手が考えている目的が見えてきて、そこに僕のアイデアも織り込んでいけるんです。面白いのは、デザイナー側も僕が作る音楽ならではの独自性を求めてくるところです。

 だから、ソフト面では、ファッションショーの音楽とアンビエントミュージックは、音楽的には全然別物ですが、作る時の頭の使い方は割と変わらないというか、使う音楽技術が違うだけみたいなところはあると思いますね。

ーー そういったファッションショーでの経験が、今回の展示の音楽デザインにも影響しているんでしょうか?

若狭:そうですね。僕にとって、アーティストとしての作品とクライアントワークのバランスを取るのはすごく大事なんです。どちらかに偏るんじゃなくて、両方から同時にアプローチしていきたいというか、イメージとしては、山の両側から登って、頂上で交わった道をずっと歩いていくみたいな感じです。

 もちろん、アーティストは自分の世界に没頭する時期も必要ですが、同時に人と向き合う時間も大切だと考えています。なぜかというと自分の作品作りだけに没頭すると、そこに飲み込まれてしてしまう危険があるんですよ。でも、クライアントワークが入ることで、良い意味で気持ちを切り替えられます。それに僕としてはこのバランスを保つことで、自分のクリエイティブがもっと高いレベルに到達するんじゃないかと考えています。

ーー今回の展示を通じて、来場者にどのような体験や感情を得てほしいと考えていますか?

若狭:今回はまず、自分としても本当に良い音楽ができたと思っています。それにチームで照明と音楽、ハプティクス技術も使って、展示のテーマどおり、「音に触るように聴く」という全感覚的な体験を作り上げることができました。だから、来場者の方には何か特別なものを聴こうとか考えずに、ただ感覚的に楽しんでもらえたら嬉しいですね。そうすることで、この作品の本質に触れてもらえると思っています。

ーーアーティストの活躍の場というと商業音楽やライブをイメージしがちですが、今日のお話を聞いて、こうした生活と密接に関わる環境音楽にもアーティストの活躍の余地はまだまだあると感じました。

若狭:そうですね。今回の展示を通して、僕自身もその可能性を強く感じています。実際にSONY Park Miniでは、何かしらのプログラムがやってるから覗きに来るというお客さんもおられるそうです。それに今までコーヒーだけ買いに来ていた人が、この展示をきっかけにアンビエントミュージックに興味を持ってくれたという話も聞いています。こういった展示を通じて、新しい層に自分の音楽が届いているのは、本当に嬉しいですね。

ーー 最後に、今後のアーティストとしての展望を教えてください。

若狭:前回の「薄明」は夕暮れから夜に向かうような重いテーマでしたが、今回は逆に明け方をテーマにしています。このように対照的なものが常に僕の中には表現として存在します。そういった両極端なものを自分の周りで回しながら、その遠心力で上がっていこうとすると、実際に作品がどんどん良くなっていくんですよね。今後も去年の作品と今回の作品、この両方で示した方向性を基軸にして、より良い音楽を作っていきたいと思ってます。

■「よあけのおと」概要
名称:よあけのおと
日程:2024年6月15日(土)~30日(日) 11:00~19:00(終了済)
場所:Sony Park Mini(東京都中央区銀座5丁目3番1号地先 西銀座駐車場地下1階)
WEB:https://www.sonypark.com/mini-program/list/053/     #よあけのおと

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