サイバーエージェントのニトロプラス子会社化に集まる“ファンの期待と不安” 求められる化学反応とは?
サイバーエージェントは6月26日、ニトロプラスを167億円で買収し、2024年7月1日付で連結子会社化すると発表した。
魅力的なシリーズ/作品を多数世に送り出し、日本を代表するコンテンツスタジオのひとつに数えられるニトロプラス。サイバーエージェントとの合流は、同社の制作にどのような恩恵をもたらすだろうか。そのメリットとデメリットを考える。
Cygames擁するサイバーエージェントがニトロプラスを傘下に
ニトロプラスは、アドベンチャー/ノベルのジャンルを中心に制作する日本のコンテンツスタジオだ。2000年、ゲームプロデューサーの小坂孝志氏(現:代表取締役)によって設立された。代表作は、『STEINS;GATE』や『刀剣乱舞』など。シナリオライターの虚淵玄氏、下倉バイオ氏、イラストレーターの津路参汰氏といったクリエイター陣を抱え、近年はアニメーション制作といったゲームに近しいジャンルにも活躍の舞台を広げている。
一方のサイバーエージェントは、デジタル領域でさまざまな事業を展開する日本のIT企業。1998年、当時人材派遣会社のインテリジェンス(現:パーソルキャリア)に所属していた実業家の藤田晋氏らによって設立された。グループ内にブラウザゲーム/モバイルゲームなどの開発/発売を手掛けるCygamesを抱えており、近年はメディアミックス戦略に力を入れている。2021年には映像の分野を中心に制作を行うコンテンツスタジオ・BABEL LABELの、2023年には「2.5次元ミュージカル」で知られる舞台制作会社・ネルケプランニングの株式を取得し子会社化した。ニトロプラスの買収も、一連のIPビジネスへの注力の延長上にあると見られている。
今回の発表に際し、藤田氏と小坂氏は、サイバーエージェント公式オウンドメディア「CyberAgent Way」において対談を行っている。そのなかで藤田氏はニトロプラスを、「コンテンツに対する深い知識と愛情、そしてそれを具現化する力を持つ『素晴らしいコンテンツを作り出す会社』」と評している。小坂氏によると、同社は「毎日が文化祭」という想いのもと、「好きなことを好きなだけやる」をモットーに創作を続けてきたのだという。一方で、「企業として(人材の)育成や制度づくりに課題を感じ、長年にわたり、改善へと取り組んではきたものの、抜本的な解決には至っていない」と、組織の現在地についても言及した。
今回の買収は、ニトロプラス側からの打診によって実現したとのこと。その裏には、ネルケプランニングの社外取締役という立場から、サイバーエージェントによる同社の子会社化を見つめてきた小坂氏の「(サイバーエージェントが持つ)コンテンツ制作へのリスペクト」の影響があったそうだ。「別の分野/アプローチで成功してきた企業だからこそ、自社が抱える課題を解決してくれるはず」と、白羽の矢を立てたことを明かしている。
対し、サイバーエージェントは特に傘下のCygamesを通じて、コンテンツの制作へと打ち込んできたが、オリジナルIPの創出という点では、ややノウハウが不足していた実情がある。ニトロプラスを買収し子会社化することで、同社の創作をバックアップするとともに、その知見を生かし、自社内で進むオリジナルIPの創出プロジェクトを成功に導きたい構えだ。
ニトロプラスは合流後も先鋭的なシリーズ/作品を生み出し続けられるか
アドベンチャー/ノベルのジャンルを主戦場に創作を行う企業の買収をめぐっては、ニトロプラス以外の例もある。2022年12月、ポールトゥウィンホールディングス傘下のCREST(現:HIKE)は、「うたわれるもの」シリーズなどの作品で知られるゲームスタジオ・アクアプラスを子会社化している。同社は2013年10月、同人ショップのコミックとらのあななどを展開するユメノソラホールディングスによって買収されていたが、それから約9年の時を経て、新天地で再スタートを切っている。
ポールトゥウィンホールディングスはこのM&Aに関して、「コンテンツプロデュースやIPライセンス運用を得意とするCRESTの知見を生かし、豊富なIPを保有するアクアプラスのゲーム開発事業の拡大およびIPの360°展開を目指していく」と、当時配信されたプレスリリースのなかで説明している。サイバーエージェントとニトロプラスのケース同様、その背後にはIPの創出と活用という大目的があったことになる。CRESTは2022年11月、2.5次元舞台の制作とプロデュースを手掛けるSANETTYも子会社化している。
ゲーム業界では昨今、小規模制作から生まれたアドベンチャー/ノベルが話題を集めている。2023年3月発売の『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』、2023年11月発売の『ヒラヒラヒヒル』といった作品の成功は記憶に新しいところだ。しかし、その反面で、ニトロプラスやアクアプラスといった業界大手とされるスタジオが買収される例も増えていることになる。この事実からわかるのは、同分野が小規模制作では低予算でも一定のクオリティを担保しやすい一方で、より大きな結果を掴もうとすると制作規模が肥大化しやすく、採算を取るのが難しいジャンルである点だ。
2022年5月に発売され好評を博したアドベンチャーゲーム『春ゆきてレトロチカ』でプロデューサーを務めた江原純一氏は、同作に関連する過去のインタビューのなかで、「僕の知る、CGで作ったアドベンチャーゲームの最も安いケースと比べたら、(『春ゆきてレトロチカ』の開発費は高く、)2ケタ違いました」と語っている。だからこそニトロプラスやアクアプラスは、サイバーエージェントやユメノソラホールディングスの持つ資本力が自社のコンテンツ制作の助けになると感じ、各社に買収される道を選んだのだろう。大きな後ろ盾ができたことで、今後はこれまで以上に制作に打ち込むことが可能となるはずだ。
他方、懸念される点として挙げられるのは、ゲームスタジオとして独立していたころのように自由には活動を行えなくなる可能性があることだろう。コンテンツ制作に理解の少ない人間が決裁に関わることがあれば、従来のような作品は送り出せなくなるかもしれない。先述したメリットがありながら、今回のM&Aを熱心なファンが無条件に歓迎し切れないのは、そのような背景があるからにほかならない。大衆的なシリーズ/作品には大手への合流が追い風として強く作用する可能性がある一方で、より先鋭的でコアなシリーズ/作品には逆風として機能する可能性もある。
藤田氏は先の小坂氏との対談のなかで、「サイバーエージェントは、特定の分野に精通している社員のことを高く評価する会社」「本当に大事なものを見失わないようにしながら、フォローしていきたい」と語っている。その言葉どおりにニトロプラスのコンテンツ制作を支えてくれるのであれば、ファンの不安も杞憂となるだろう。
サイバーエージェント傘下のコンテンツスタジオとして新たな一歩を踏み出すニトロプラスは、この先の数年でどのような活動を見せてくれるだろうか。アドベンチャー/ノベルのジャンルが盛り上がるいまだからこそ、予想を超える両社の化学反応に期待していきたい。
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