「アンドロイド・オペラは10年早かった」 渋谷慶一郎がAI×ロボットで挑む“未知の音楽”

渋谷慶一郎がAI×ロボットで挑む“未知の音楽”

 6月18日に東京・恵比寿ガーデンホールでの『Android Opera TOKYO - MIRROR/Super Angels excerpts.』を控えた渋谷慶一郎へのインタビュー後編。前編ではイタリアでの「ミラノデザインウィーク2024」への参加や『Android Opera TOKYO - MIRROR/Super Angels excerpts.』への思い、偶然性の音楽について話してもらった。今回の後編では、東京大学・池上高志氏と開発中のプログラムを中心に、アラブで行われた「世界政府サミット」やシンセサイザー、現在のJ-POPについて聞いた。(編集部)

【前編:『渋谷慶一郎が考える、AI時代によって変化した音楽の“偶然性” 「日常のなかで耐性ができてる」』を読む】

「『口にできない感情がある』とか言うけど、僕はほとんどないと思う」 

――楽しみにしています。そういえば渋谷さんが池上高志さんと音楽生成AIを開発しているという話を聴いたのですが……。これについても教えてもらえますか?

渋谷:極限までランダマイズした音群をAIで作って組み合わせるのが人智を超えてできそうなので、『Stable Audio』や『Suno AI』とかとは全く別の方向性の作曲プログラムとして開発しています。究極的にはGPTのプロンプトでMIDIデータを生成するようにしたいんです。データがMIDIならオーケストラにもできるし、シンセにも音色を変えられる、当たり前だけどそれは汎用性高いです。

 たとえば「第1フルート、120小節」とかでランダマイズの偏りを指定して生成させた音群を、自分でもしくはそれもプログラムで繰り返したり編集していく。そうすると半人工的半人間的な曲ができる。それは今までと感触違うと思いますね。あと、これがあればセリーや偶然性を苦労して手書きしていたような楽譜が10秒くらいで生成できるからバリエーションを作って編集することも出来る。自力では書けないものが尋常じゃない速さでできるのは面白いし老後にもいい(笑)。

――オーケストラ曲を量産できるというのはすごいですね。

渋谷 以前、池上さんとホワイトノイズをプログラムで作っていた時に、全周波数が鳴っているホワイトノイズにランダムネスの偏りを与えることで音色が変わることに気付いたんです。それはエフェクトで変えたりするのとは全く違う、原理的な変化です。音符も同じでランダムに散らばった音の偏りを変えると、少しランダムじゃなくなったり、極めてランダムになったりする。それを調整することが作曲の中心になるのは新しいなと思う。

 池上さんって頭がいいから、楽譜が読めないのに楽譜を理解できるんです(笑)。だから音符のシステムをプログラムに置き換える作業も早いですね。

――サンプルとして生成した音源を聴かせてもらいましたが、音色がピアノだと現代音楽に、シンセにすると急にテクノに聴こえてきますね。

渋谷:だから人間がいかに音色で音楽を聴いているか、ということです。このプログラムは僕個人が編集込みで使う分にはもう実用できますね。ミラノでも断片的に使いました。ただオーケストラ曲をまるまる生成する、という域にまでは達していないのが現状。僕が日本にいるときは毎週金曜日に集まって、コツコツ僕のスタジオで開発しています。メールのやりとりも頻繁です。

――昨年上演された対話劇『IDEA(イデア)― 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』の終演後のトークセッションで、池上さんがChatGPTを同期させただけでオルタ3が挙動し始めたことについて話されていました。彼は「しぐさが言葉から出てくる」「2023年は革命の年」とまで発言していましたが、これについて何も議論がないのはなぜだと思いますか?

渋谷:理解できないからじゃないですか。AIの話は驚くほどにわかっていない人が多い。「とりあえず恐ろしい、もしくはよくわからないテクノロジー」くらいに思ってる人がほとんどというのが実際の現状で、そこを理解している人が生き残れる判別の日が来てほしいですね(笑)。

――(笑)。また、池上さんは「オルタがこちらに来ようとして動けずに困ってる」とXにポストしていました。やはり人間の動きはすべて言語のなかにプログラミングされているとしか……。

渋谷:「口にできない感情がある」とか言うけど、僕はほとんどないと思う。言語能力が低いだけなんですよ。だから黙ってしまう人が嫌いで、何でもいいから返せばいいと思ってしまう。コミュニケーションという回路の中では、それとよく考えた言葉との大差はないのが現実です。

――では同様に音楽的な行為も言葉に含まれていると思いますか?

渋谷:思いますね。だから『Stable Audio』などの生成AIで済む音楽も多いと思います。ただ、あれは課金しても生成できる音は90秒以内だから、ジングルや映像につけるBGMとして設計されている気がする。ただ、実際は音楽はまだ「誰が演奏しているか」や「誰が作曲したか」などの情報の方が強かったりするので、音楽家が危機感を持つのはそこじゃないと思いますね。

 とはいえ、YouTuberたちが「このソフトはクオリティがまだまだですね」と言ってるけど、これ以下の音楽なんてたくさんあるわけ。なのに、AIやプログラムで作ったというと、人間は突然厳しくなるのが面白い。

 今後は「これは聴いたことない」という音楽はオートクチュールみたいになるから少なくていいと思っていて、人に喜ばれたいと思って作っている音楽はAIに代替されていくんじゃないかな。そのほうが効率的に出来るから。僕は人を喜ばせたいと思って音楽を作ってる訳じゃないから(笑)。AIは脅威でもなんでもないんですよ。

――ところで、渋谷さんは2月にアラブで行われた「世界政府サミット」へ招待され参加されていました。ここでもAIについてが重要な議題になっていたはずですが、実際はいかがでした?

渋谷:AIと投資についてがメインのトピックで、登壇するのは、ダボス会議の創始者であり「グレートリセット」を提唱したクラウス・シュワブ、いわゆる「パンデミック条約」を推進しているWHOのテドロス・アダノム、リモートでしたがOpenAIのサム・アルトマンだから、SF映画みたいで面白かった。世界が終わった後のリゾート地を描いたJ・Gバラード『スーパー・カンヌ』や『ヴァーミリオン・サンズ』みたいな、昔読んだSF小説の世界観が現実になったようで興奮しました。

 いいとか悪いとかではなく、ドバイは国のプロモーションとして、いまの世界で目に付く人を集めて話させるフレームを作っていて、「フレームを作れば何かが起きる」と信じている。フレームを作ること、プロモーションすること、そして信仰。徹底的にポジティブである種の強さを感じました。

――具体的にどのようなところにそれを感じたのですか?

渋谷:「未来を考えましょう」とかいいながら、ダサいイベントってあるでしょ。それと違って「世界政府サミット」は完璧にコーティネートされていた。

 現地で会った小橋賢児君も「この会場構成、デザインは全て1からで元を生かしてるとかがない。1から作って、これだけきれいに仕上げているのはラグジュアリーブランドくらいしかできないですよ」と驚いていました。それを政府レベルでやってしまう。

――なるほど。ここでシンセについてもお聞きしたいです。冒頭でも話されていましたが、渋谷さんは最近シンセを弾く機会が増えていますね。どのように楽器と向き合っていますか?

渋谷:僕が今メインで使っているのは『Prophet-5 rev.4』と『Moog One』、豪州産の『NINA』。以前シンセってピアノの代替楽器みたいな側面がありましたが、もうそんなレベルではないし、音の情報量、密度も特に『Moog One』はアコースティックの水準に達し始めていると感じます。

 昔のような物足りなさやプラグインの必要性を感じなくなってきて、「生音でいいじゃん」という感じで、「生音」という言葉が自然に出てくるくらいシンセだけで面白い音楽が作れると思う。何か大スキャンダルでも起こして全部の仕事がなくなって、その時間で好きなだけシンセで音楽を作るのを妄想したりしています(笑)。

――シンセで和音を弾く時、ボイシングなどはどう考えるのでしょう。

渋谷:ピアノとは違い、間引いて弾いた方がよく鳴ります。たとえば『Prophet-10』は10音も出るけど、それを全部弾くべきなのかというとそうではないですね。やはり5音くらいで弾いた方が響きはきれいです。だから実際には10音も使わないです(笑)

 『Prophet』は笙みたいな音だから間引いた方がいいし、『Moog One』はオルガンみたいだからガッとコードを弾いても大丈夫。『NINA』はふたつの音で音色ができていて、その間の音をつまみで移動できる。その音色移動のパラメータがオートで全部付いてくるわけ。そうなるともはやコードがどうとかではなくて、鍵盤は弾いてるけど音響を作っているという感覚です。

――もはやシンセがアコースティックの模倣品でなくなったとしたら、逆にアコースティック楽器がシンセを模倣するような現象が起こると思いますか?

渋谷:楽器が電子前提になった時のピアノの良さって、1音鳴らしただけで10秒聴けるということだと思います。鳴らし方に多様性があるから、デュレーションやアタック、リリースなどの言葉で表現しづらい。

 ピアノの場合は細かい減衰の波が本当に細かいし、それに影響されて次の演奏の方向性が決まるんですよ。数値化できない感覚がピアノの場合はすごいある。例えばジャズって割と考え方が楽典的じゃないですか。

――そうだと思います。だからこそゲーム性があり、スケートボードやeスポーツのような競技性にも繋がっている。反面で芸術になりづらいと。

渋谷:それは僕には退屈でね。リズムの訛りもそうですが、妙に複雑化しているというか。僕は様式化が嫌いなので、そういった音楽には違和感を感じます。音楽内音楽になりやすいし、今それは価値観として危機だと思いますね。

 現実問題として「複雑なもの」は、聴いたことがないくらい複雑でないと意味がない。だから「少し複雑なもの」は、勉強できないのに難しいことを言っている子供のような状態です。つまりスノッブ。僕も極めて音楽内音楽的な育ち方をしてきたけど、そこに価値を置いた音楽はすぐにそこにある危機、という感じじゃないですかね(笑)。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる