AIと短歌表現の現在 「歌のこころ」はどこにあるのか
AIとのコミュニケーションは、もはや特別なことではなくなった。OpenAIやGoogleなど、さまざまな企業がWebページ上で動作する対話モデルをサービスとして展開しており、またこれらのモデルを利用したサードパーティのアプリケーションも多数登場している。対話型インターフェイスの登場により今では簡単に触れることができる言語生成モデルだが、現在に至るまでにも言語生成モデルの技術研究とその社会実装は脈々と行われてきた。これらの歴史の中には、企業が自社のサービスのために開発した技術もあれば、表現や創作のために作られたものも存在する。この記事では、あえて言語生成AIのメインストリームではない"文学表現"について、取り扱いたいと思う。
本記事では、言語生成AIによる短歌表現に関する現在までの研究や作例の紹介を通して、AIによる短歌表現がどのように利用、鑑賞されてきたか考察する。言語生成AIと短歌表現に関する2本の論文(※1)(※2)が主な参考文献となっており、これらの内容に著者自身が肉付けをしていったという構成である。
AIによる文学の生成の歴史を俯瞰すると、いわゆる小説や物語文といった数百ページに渡る表現手法よりも、短歌や俳句、ヨーロッパの定型詩のソネットなど、表現の形式にある程度制約があり、文字数の短い表現手法の方が生成・評価の難易度が下がるため、(小説よりも一般的に親みにくいにもかかわらず)短歌表現とAIの融合については、以前から多くの研究がなされてきている。したがってまずは、私たちが思い浮かべるChatGPTのようなAI、つまり巨大なパラメータ数の万能なモデルではなく、もう少し前の単純な技術による短歌生成モデルから紹介していきたい。
短歌自動生成装置『犬猿』(星乃しずる)
63588:アラビアのはるかに遠い国を見る彫刻刀を拾い上げれば(星野しずる) http://t.co/RrcRYVPKNA /Pulse!d by (^--^#)
— 星野しずる (@Sizzlitter) February 15, 2014
文章での説明よりも、実際に体験した方がわかりやすいので一度ぜひこちらのサイトから短歌を詠んでみて欲しい。(なお、このサイトはオリジナルの『犬猿』ではなく、『犬猿』と全く同じシステムのクローンである)制作年の詳細は不明だったが、後述するX(旧:Twitter)アカウントは2014年を境に更新が止まっているため、少なくともそれ以前である。
短歌自動生成装置『犬猿』は、530個の単語と20個の構文をランダムに選択することで短歌を生成するシステムである。ランダムに単語を選択するだけでAIと言えるのか……? という疑問を持つ方も多いと思う。何を以ってAIとするのかという定義は研究者によってもさまざまであり、この議論に深く入り込むことは本稿の趣旨とは異なるため避けたい。本稿ではひとまず、AIを「生物、特に人間の知能を人工物、特に計算機(コンピューター)によって模倣しようとする試み」(※3)と定義する。この定義に従うと、『犬猿』も短歌を詠むという知能をコンピューターによって模倣しているため、AIであると言える。
『犬猿』を制作した佐々木あらら氏は、『星乃しずる』という架空の人物を設定し、『犬猿』によって生成した短歌を星乃しずる名義でX上に投稿していた。この活動は、当時AIがまだあまり注目されていなかったにもかかわらず、「AIで創作をした時、作者は誰なのか」という問題を、『佐々木あらら』『星乃しずる』『犬猿』の関係を用いて、すでに顕にしていたのである。
偶然短歌
卵黄と砂糖に加え、泡立てた生クリームと卵白を混ぜ #tanka
ウィキペディア日本語版「ババロア」より https://t.co/BFHY9d1aVu— 偶然短歌bot (@g57577) January 7, 2024
『偶然短歌』も、X上に作品が投稿されている。これは、ウィキペディアの日本語ページをくまなく調べて、全くの偶然で短歌の 5-7-5-7-7 の音節パターンに適合する文字列を検索し、それを短歌として投稿するという作品である。『犬猿』と比較して、今回は文章それ自体は人間が書いたものだ。しかし、それらは短歌として意図して書かれたわけではない。偶然短歌それ自体は、機械は1文字も選択を行わず、ただ短歌のような文章を検索し提示してるプログラムである。ここにおいて、AIは文字の選択をせずとも短歌を詠んだと言えるのだろうか。偶然短歌は、短歌を詠むという行為の定義に挑発的だ。
花と歌
『花と歌』は、Think&Craft、Dentsu Lab Tokyo、朝日新聞社メディア研究開発センターが開発した短歌生成のためのAIサポートツールだ。
本ツールは祖父母との「思い出に残っていること」「(思い出に残っていることに関連して)思い浮かぶもの」「贈りたい花」という3つの入力をもとに短歌をAIが作歌をサポート。選んだ花とつくった短歌を組み合わせた『花と歌』を、LINEなどで相手に贈ることができる。
先述した2例と比較して、こちらはアンケートに何を書くかで生成させる短歌を変化させることができ、また短歌を誰かに向けて贈ることが想定されているため、生成後に自分で編集して微調整をすることが可能となっている。このツールは2022年に開発されており、比較的最近のニューラルネットワークアーキテクチャが採用されているが、ユーザーテストの評価によると生成された短歌の4割程度が修正されており、そのまま採用するという場合稀であった。『花と歌』はあくまでもサポートツールであり、『犬猿』や『偶然短歌』のように、AIに短歌制作をアウトソーシングしたいというわけではない。贈る側も贈られる側も「歌のこころ」は人間の側にあることが意識されている。