『SXSW Sydney 2023』を通して考えた「テクノロジーと人々の現在と未来」
続いて行われたパネルディスカッションは「Responsible Tech and Innovation(テクノロジーとイノベーションの責任)」。テクノロジー分野の女性のための世界最大のスタートアップ競争加速プログラムであるShe Loves Techの共同設立者であるLeanne Robers氏がファシリテーターとして、HP社のRachael Williams氏(Head of Personal Systems, Australia and New Zealand)、FuturistのRocky Scopelliti氏、Strategic and High-Performance CoachのVeronica Mason氏がスピーカーとしてそれぞれ登壇した。法律家(弁護士)でもあるVeronica 氏や研究者のRocky氏、そしてテック企業のCEOでありながら心理学者としての顔も持つLeanne氏が揃い、法律や倫理などの多面的な視点からテクノロジーの発展と、そこに伴う責任について語った。
このセッションは非常に有意義なものだったが、記事化するにあたって個人的に面白いと思ったポイントをいくつか挙げてみるとしよう。Rachael氏が「イノベーションは人々の生活を向上させるものでなければならないという原理原則がある」、Leanne氏が「どのようにテクノロジーを構築するかという意図性が本当に重要」と話していたように、テクノロジーによるイノベーションは社会や世界を劇的に変化させる可能性(とリスク)があるため、誰がどのように利益を得るのか、それによって不利益を被るのは誰なのかを考えることが重要であり、AI社会においては人々に失業を生み出すかもしれないという観点から、よりその事柄について考える必要があるということ。
そのひとつの誤った例として挙げられたのが学校教育だ。Rachael氏は「学校から送られてくるノートの中に『お子さんの課題にChatGPTを使わせないでください』というものがあるが、テクノロジーを禁止しても無駄で、それをどう受け入れるか、どのように教育の現場に導入するのかを考えなければならない。これは長い間直面することのなかった課題かもしれないが、広範囲に及ぶ政策とともに教育者はカリキュラムにどのように取り入れるかを考える必要があるだろう」と述べた。
また、最大の倫理的課題として挙げられたのが「環境問題」と「メンタルヘルス」、そして「教育」と「デジタル・ディバイドへの対応」だ。
Rachael氏は環境問題のひとつとして「IT業界ではデータセンターの拡張による二酸化炭素排出量の多さがよく批判されてきており、現在は業界全体の意識が高まりつつある。HPでは、2023年以降のすべての製品において100%のPC製品にリサイクル素材を使用している」とコメントした。たしかに近年の最新デバイスは再生可能素材を用いた製品・パッケージの開発が当然のものとなっているが、それはここ10年ほどにおける劇的な変化ともいえる。
Veronica氏はメンタルヘルスについて「テクノロジーが進歩するにつれてメンタルヘルスは低下し続けている。だからといって、コンピューターを触るなとは言えないので、他の中毒性のあるものと同じような関係を持つことが重要。よく『闘争か逃走か』と呼ばれるような状態のときは前頭前皮質ではなく大脳辺縁系が活発になっており、純粋に頭が働かなくなることが多い。だからこそ、一度距離を取って前頭前皮質を働かせることで『どうすれば自分のコンピューターやスマートフォンと責任ある付き合いができるのか』を自分自身に問いかけなければならない」と興味深い意見を述べた。
また、Rocky氏は「テクノロジーと倫理に関しては、AIで明らかになったように、この分野の進歩があまりに速いため、規制当局が手を焼いている。最近、アメリカの上院委員会の委員長が『テクノロジー産業のリーダーたちが規制を懇願するのをアメリカ上院が聞くのは、実に歴史的なこと』だと述べたのは驚くべきことでしたし、政治家が勝手にルールを決めるようなことはできないからこそ、急速な変化の中で包括的でなければならないが、それはとても難しい。プライバシーの保護や消費者データの権利に関する既存の法律は、AIの世界では必要なものではないからだ」と、AIと規制はテクノロジーと倫理におけるわかりやすいトピックだと話した。
そしてRachael氏は「テクノロジーにアクセスするお金を持っている人だけでなく、すべての人がテクノロジーにアクセスできるようにすることが重要。社会経済的な観点から不利な立場にある子どもたちに焦点を当て、すべての子どもたちの手にデバイスが届くようにする方法を考えることが多い。インクルージョン(包摂)かエクスクルージョン(排除)かという話になってくるが、社会全体は高齢者へのテクノロジー普及を含めて、インクルージョンである必要がある」と言う。
このトピックをまとめるように、Leanne氏は「テクノロジーは、私たちが意図的に取り組めば『人々を分断するもの』ではなく『人々をつなぐもの』になれる可能性がまだまだあるということ」と語った。
まさにその通りで、直近10年におけるテクノロジーの発展は、ある意味人々の進化を促すとともに、分断を進めてきたように思う。だが、これからは人々をいかにしてつなぐか、だれも置いていかないためのテクノロジーとは何かについて考え続けるのが、大きなテクノロジー企業やメディアにおける”ノブレス・オブリージュ”だと感じた。