冨田ラボが“即興制作”を客前で行う理由 「産みの苦しみを経た喜びを味わってほしい」

 ここからは後日敢行したインタビューの様子をお届けする。イベント開催の経緯や計4回のライブを終えた感想など、短い時間の中で様々な質問に答えていただいた。

ーー今回の『即興作編曲SHOW』のような、楽曲制作の様子をショーとして見せる試みについて、開催の背景を教えてください。

冨田:こうした企画、人前でゼロから作曲を見せていくっていうスタイルは以前から時々やっていて、2011年にアップルストア銀座でやったものが最初です。さらにさかのぼると、NHKの『トップランナー』という番組で作曲を除いた編曲・演奏を再現するというのもやりました。

 当たり前ですが、本当の作編曲というのは今回のショーのように短時間でやるものではないんです。何倍も時間をかけて考えるし、テイクの数も10倍くらいになる。でも何かアイディアを思いついて、それを形にしていく工程自体にスリルがあるし、作り手がもっとも集中するところでもある。その醍醐味は観ている方にも感じてもらえるんじゃないか、というのはずっと思っていたんですね。

 僕は今も昔も音楽を作るのが好きですが、ある工程で上手くいかないことがあっても一つ変えたらすごく良くなったりとか、AだったものをBに変えた途端に20点だった曲がいきなり900点になる場面とかがある。こうした瞬間のちょっとした喜びとか、あるいは“産みの苦しみ”みたいなものを大小味わいながら作るし、それが解決されたり、構築されていくたびに喜びを覚えるんですね。そんな瞬間をオーディエンスにもちょっと味わってもらいたい、っていうのが構想の発端でした。

 あと、この企画は僕にもメリットがあって。僕の自宅地下にはスタジオがありますが、ここでは一切の制約なく好きなだけ時間をかけられるんですよ。もちろん若いときからそうしたかったので、そのために作った環境なんですが、こういう環境があると必要以上に時間をかけちゃったり、怠けてしまったりもするんです(笑)。だけど、たとえば今回のステージだと「約70分」と時間が決まってて、しかもオーディエンスもいる。こういう場所で自分のトピックとなるものも含んだ「後々ちゃんとリリースしようと思えるような曲」を作るという制約とその緊迫感のなかでは、普段の作業では出会えないアプローチを試すことにもなるし、オーディエンスからのパワーも受けられるかもしれないと思っているんです。すごくプレッシャーもかかるし、これを毎週やれって言われたらしんどいですけど(笑)、久しぶりにちょっとやってみました。

ーー短い時間の中で観客を前に冨田ラボのエッセンスを含む楽曲を作っていく、そのハードルを超えるために用意していた作戦などはありましたか?

冨田:大阪・横浜いずれもサウンドチェックというかリハーサルでは本番とは別の曲を作って、スピード感を確認しました。

 コンピューターの動作チェックも兼ねて、何度かリハーサルをおこなってわかったことは、普通になにも考えないでやると1時間半はかかってしまうので、絶対収まらないということです。70分を基本としつつ、80分以内に収めるのがいいのではと言われたので、音色や使うシンセを選ぶところはあまり見せず、使いそうな音源はDAWにあらかじめ並べておきました。また、ドラムのEQなどもある程度整えておいて、打ったら完成品に近い音が出るような状態にしておいたりとか。普段だったら必須になる確認工程、出来たトラックを聴き直して推敲する作業をほぼ省いたのが一番の違いかな。

 こういう制限をかけていくとメンタリティも変わってくるんです。たとえば僕はいつもまず鍵盤を弾いて考え始めることが多いんだけど、いいフレーズが浮かんだとして、普段だったらそれを膨らませてAを完成させ、その後にAから繋がるBを時間をかけて考えるんですが、あの舞台でこんなことをしている時間はありません。だから〈いい感じかも〉ってフレーズが出たときに、AだけじゃなくBやCセクションまでの繋がりが浮かばないモノはもうボツにしちゃうんです。Aを起点にキーやコードを変えたりリズムを変えることで「この曲はAからBにこう展開して、Cでまた戻る形式の曲になりそうだな」、みたいなところまでイメージの浮かんだものだけをとっかかりに制作をスタートしています。B〜Cまでうっすら浮かんだものであれば、80分で全部はできないとしてもCに入ったところぐらいまでは作れるだろうと。

 そして、これは作編曲であると同時にショーでもあるので、ずっとPCだけ触っているよりも、他の楽器、ベースやギターを弾くところも見てもらった方がオーディエンスは楽しいんじゃないかとか、作曲だけ見せてもしょうがないので、たとえばBにアレンジをほどこすとか、そういう事も考えながらショーを成立させていく。ショーが始まって最初の10分くらい、どんな曲をやると決めるまでがもっとも重要というのが、回を重ねてわかってきました。

ーー中盤におこなわれた「イベント」ウィンドウを使った打ち込みが印象的でした。

冨田:僕が自分で弾く楽器と弾いて入力するもの以外、全部あの方法で数値入力するんです。おっしゃっていただいたのは特にドラムパートのことだと思いますが、ドラムはずっと全てを数値で入力しています。若い世代の方には驚かれるかもしれないですね。

 今の主流だとピアノロールになるんだろうけど、僕は1拍=960ティックの分解能で数値入力していくことに慣れているので、それが一番早くて効率的なんです。割と昔から打ち込みやってるからね(笑)。

 それに、僕はドラマーではないので、ドラムを叩いても自分でプログラミングしたほど端正なプレイは全然できないんです。けれどドラミングに関しては昔からいろいろ研究していて「こういう曲調であればこういうドラミングにしたい」ということはかなり細かいディテールまで思い浮かんでいるので、それを再現するために、自分で作ったドラムセットとそれをコントロールするための数値があるという感じです。

ーー普段自宅のスタジオで制作をしているときには、気分が乗らなかったりすることはありますか。

冨田:もちろんあるけど、僕は「気分が乗らないから今日はやめよう」っていうのをしないタイプというか、乗らなくても乗るまでやり続けるタイプです。あとはアイデアとかが“降りてくる”っていうのもあまり信用しないタイプですね。これは、わりといつも締め切りがあってそこに向けてやらなければいけないっていう人生だからそうなったのかもしれない。普段の制作では「どんな曲調にしようか」っていうところに一番時間がかかります。

 たとえば、冨田ラボの次の配信シングルを作ろうということになったら、今の僕が盛り上がって作れるのはどんな曲だろうか、リスナーのみんなはどんなものを楽しめるのかとか、自分の興味と今作りたいものについて考える。興味深い新譜はチェックして、気に入ったものはプレイリストにしたりもして。そういうことをずっとやってきたし、気分が乗らなくても乗らないなりにずっとやっちゃうんです。

ーーお話を聞いて、今回のショーにはそういった姿勢も強く反映されていると感じました。

冨田:たしかに、そうかもしれない。そういう性分だから70分って制限時間があってもできる限りのことをしようとするのかもしれません。たとえばジャッジなしにとりあえずたくさん曲を作って、あとでまとめて「これは良い、これはボツ」みたいなやり方をする人にはこのショーは難しいかもしれないですね。

とりあえず作ったそのときには、「よし、今日のベストができた」って思える人のほうが向いているし、そういう意味でいうと、僕はボツ曲ってほとんどないんです。“ボツの断片”はたくさんありますけど、少なくとも「1コーラス完成した曲」はほぼ世に出してるから。

ーー今回、ライブをおこなうに当たって新たに『Pro Display XDR』と『Mac Studio』を導入したということですが、使ってみていかがでしたか。

冨田:圧倒的に安心感がありました。普段自分のスタジオで使っているMacは古い「Intel Mac(インテル社製のCPUを搭載したMac)」なんですが、家で録音やミックスをするぶんには不満がないんです。ただMIDIでソフトウェア音源をリアルタイム録音しながら再生するとき、古いMacだと不都合があります。というのも、家に人を呼んでMIDI楽器を演奏することも、演奏して作ったデータをその場で聴かせることも、普段は絶対ないじゃないですか。もしそういうことをうちの古いMacでやる場合、レイテンシーを最短にしてバッファをすごく小さくして弾くんですけど、するとバリバリブチブチとノイズが乗ってしまうんですよ。別にそれが録音されるわけじゃないので、家では気にせず弾くんですけど、今回はゼロからオーディエンスの前でやりますからそういうわけにはいかなくて、M2チップを搭載した『Mac Studio』を導入しました。実際トラブルもなく、とても安定していたので良かったです。

ーー冨田さんが今回使われていたDAW『Logic Pro』は、プロユースに耐えるパワフルなアプリケーションでありながら比較的安価なのも特徴です。こうしたソフトでこれから作曲を始めようとする若い人に向けて、なにかアドバイスがあればいただけますか。

冨田:初心者のうちは「トピック」がたくさんあると思う。「この音色すごくかっこいい!」っていう気持ちだけで1曲作れるし、全然聴いたことのないフレーズやコード進行もたくさんあると思う。初心者はその1つ1つに高揚できると思うし、何かに誘発されたら断片で終わらせずに、1曲として完成させておくのをお勧めします。

 だんだんキャリアが長くなってくると、まずトピック探しから始めることもあるし、「これは聴いたことない!」みたいな体験も減るじゃないですか。探さずとも刺激を受けて、自然に作り始められるのが一番幸せだとは思うんで、若いうちはもうとにかく音色でもフレーズでも何でもいいから、自分が興奮できたり嬉しくなれたりするものがあったらとにかく作り始めればいい。そうしていればさらにもっと深いトピックが欲しくなるし、そのうち自分のスキルも上がっていくので、やはり「どんどん曲にしていく」というのがいいと思いますね。

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