欧州から見た“日本とAIの親和性の高さ” オランダが取り組んでいる「AI活用」から考える(オランダメディアレポート第2弾)

オランダが取り組んでいる「AI活用」を考える

 「日本ならAIを使いこなす最初の国になれるかもしれない」

 こう言ったのは、オランダのメディアツアーで国内のAIについてプレゼンテーションをしたAI連合マネージャーであるキース・ファン・デル・クラウ氏だ。

 筆者はその言葉に懐疑的だった。というのも、日本はここ30年ほど様々な分野で世界に遅れをとってきた感がある。AI分野においても、人材育成や研究開発、社会実装を進めてきたようだが、一般レベルの認知度は高くなく、やはりアメリカをはじめとする大企業に敵わない印象だ。そんな日本が、なぜ最初に使いこなせる国になるのだろうか。

 興味を持ったのでクラウ氏に考えを伺ってみた。だがインタビューの内容に入る前に、まずはオランダのAIへの取り組みを説明する。

AIに前向きなオランダ

 世界中がAIに注目しているように、オランダもAIが国の未来の繁栄と幸福を大きく左右すると考えている。すべてのビジネス分野、国民の生活、社会に影響を与えることを見越して、AI応用の触媒として機能するようにと、2019年には「オランダAI連合」を発足している。

オランダAI連合は、5つの基本要素を掲げている。
●      データ共有
●      人的資本
●      人間中心AI
●      研究と革新
●      スタートアップとスケールアップ

 AIを導入するセクターは、環境、文化とメディア、防衛、エナジーとサステナビリティ、ヘルスケア、金融、教育などと多岐にわたる。

 すでにAIを使ったスタートアップのサービスも実用化されており、プレゼンテーションでは、インフラストラクチャーの点検に動画をリアルタイムで判断するAIを搭載したドローンのユースケースを紹介した。おかげで修繕工事を必要とする橋や道路の確認が格段と楽になったそうだ。

 AIが様々な分野で実装されれば特定の分野で失業する者も出てくるが、全体の5%程度と予測している。75%が働き方に影響を受けると推測しているが、そこはリスキリングや教育でカバーし、取り残される人がいないように働きかけるという。

 また、AI分野の人材育成を目的として、オランダ人300万人に向けてトレーニングプログラムも用意しており、「オランダAI連合」のページから検索可能だ。育成した人材が国外に流出しないように国内で働いてもらう道筋も作っているとも語った。

 このように書くとスムースに聞こえるオランダのAI事情だが、大きな課題もある。それが、基本要素のひとつに挙げられている「人間中心AI」だ。

スキャンダルを経て人間教育の重要性を説く

 2018年、「オランダ福祉手当不正受給スキャンダル」が明るみに出た。これは、福祉手当の不正受給の危険度が高い人物を「SyRIシステム」というAIを使って予測しようとしたが、アルゴリズムに差別的なバイアスがかかっており、結果的に無実の人々の生活を破綻させてしまったというものである。オランダ・ハーグの裁判所は、このシステムが欧州人権条約に違反しているとして、すでに使用停止の判決を下している。

 システムの不透明さとAIの神格化、そしてアルゴリズムを作る側のバイアスにより深刻な課題を浮き彫りにしたオランダは、どう改善していくのだろう。クラウ氏に聞いた。

ーー福祉手当不正受給スキャンダルは「SyRIシステム」を使う人々のバイアスと知識の欠如が理由で引き起こされたとされています。今後もAIを使い続ける上で人間のモラル意識向上や基本的な教育が重要になりますが、どのような方法を考えているのでしょうか。

クラウ氏:まず、国民の間でAIの知識や認識を高めようとしています。そのひとつとして、「AIパレード」という活動をしています。具体的には、国内の大きな図書館を人が集まって意見交換したり、学んだり、必要な情報にアクセスしたりする場所にしています。内務省と文化・メディアグループ、人間中心AIのグループが協力し、人々にAIの実用例を見せることもあります。知らず知らずのうちにAIを使っているのを知ってもらうのです。携帯電話がどのように動いているのかとか、病院に行くとどんな仕組みになっているのかを手順を追って説明することもあります。教育分野でのAI活用を検討するために、教育ラボに多額の助成金が提供されました。中学や小学校という早い段階におけるAI分野における学生の教育も重視しています。

ーーそれだけでモラル意識の向上やバイアス除去が可能なのでしょうか。

クラウ氏:たしかに簡単ではありません。しかし教育が非常に重要であることは確かです。

 日本とオランダを比較して考えてみてほしいのです。日本とオランダはほぼ同じ人権と法律を有していると思います。詳細は異なっていても、市民を保護し規制を持つことに関しては同じです。しかし、特定のエリアにおける犯罪率は日本の方が圧倒的に低い。これは行動の違い、人々の力です。

 同じような法律の本を使ったり、欧州委員会がAIの規制を制定したりしても、それを機能させるのは人です。そして、教育が人を作るのです。社会的な規範を持ち、人々が受け入れるべきものとそうでないものに対して声をあげられるようになれば、それはどんな法律よりも力をもちます。

日本はすぐにでもAIを使いこなせるようになるだろう

ーー日本を例にあげましたが、私たちは時間をかけて今の日本になっていると思います。ある程度の治安や街の綺麗さを保つために、なんとなくお互いを監視しているような風潮もないわけでもありません。AI導入のためにオランダを日本のようにしたいのですか?

クラウ氏:それは不可能です。オランダの文化を別のものに変えられませんし、人口1700万人に個々の意見があるわけです。ただ、日本に学ぶところはあると思っています。もちろん、日本もオランダから得られるものがあるでしょう。

ーー今の話を聞いていると、日本は、モラルの点ではすぐにでもAIを使いこなすポテンシャルがあるように聞こえます。

クラウ氏:私はそう思っています。私はIoTや半導体の分野でも働いていて、日本には何度も行きました。日本とヨーロッパの連携もしてきたので、日本の文化には触れてきたつもりです。その上で、日本は人間中心主義で責任感をもって行動する人が多いと感じています。そして、文化は違えどヨーロッパにもそういう国が多い。日本とヨーロッパは、エネルギー資源や少子高齢化といった共通の課題もあり、強力な技術基盤も有しています。つまり、協力の基盤があると考えられます。

ーーでは、日本とヨーロッパが協力してAI導入にむけて動き出すにはどんな軌道を進められると考えられますか。

クラウ氏:大きく2つの軌道があると思います。まず、ヨーロッパ向けのAI法を作る。日本も日本向けのAI法に取り組む。それからどのように共通化できて、どのような社会的な基準を持てるかを考える。これは政策の形成に関わる部分ですね。次に、特定のテーマにおいて協力できるかを考える。エネルギー転換のような社会的変革は大きな関心が寄せられています。もちろんビジネスモデルを持つ企業が存在していますが、そういったテーマに関しては協力できると思います。

 その過程でAIによって仕事を失う人も出てくるかもしれない。しかし、仕事がなくなるのではなく変わるだけです。そこは再教育することで前に進む必要があります。コンピューターの登場と同じように。普及により仕事は変わったけれど、仕事はなくならなかったでしょう。

 AI分野への参入や積極的な活用はさまざまな国で進められようとしている。内閣府のAI戦略の「AIに関する暫定的な論点整理」によると、日本は、生成AIの流行を大きな機会と捉え、正面から競争に臨む姿勢を持っているようだ。

 オランダは、AI活用に向けて具体的な国民の教育/再教育の計画を立てて実行に移している。日本よりも小さい国だからできる規模のことかもしれないが、学ぶことは多そうだ。

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