「“ALS患者の身体は動かない”という固定概念を覆したい」 筋肉の電気信号で3Dアバターを動かす『Project Humanity』が提示した“テクノロジーによる社会課題の解決”
プロジェクトの設立背景と、武藤氏が感じた“メタバースの可能性”
リハーサルの合間には武藤氏へのインタビューもおこなわれ、目の前で我々の質問にも回答してもらったのだが、インタビューの内容をお伝えする前に、前段としてNTTが取り組む「音声合成技術」についても紹介したい。
ALSと共生する人々の言葉として、「コミュニケーションが、何より重要」という一文がNTTのプレスリリースに掲載されている。ALSが進行すると、徐々に呼吸機能も弱まっていくことから、人工呼吸器を装着する共生者が多い。しかし、生きるためのその選択は「声を失う」という結果をもたらす。それによって社会との断絶をおそれるという人も少なくないそうだ。
こうした中で、近年のAI技術の進歩が有効に働く。本人の声を録音・学習することで、自然な形で本人の声色を再現し、「自分の声」で会話をおこなっていけるようになった。さらに、NTTは昨年、数分程度の録画映像の音声から本人らしい声を再現することに成功し、今年はさらに短い数秒程度の映像からも合成音声を作成することができている。この様子は6月に開催された『MOVE FES. 2023』で発表され、その後に続く取り組みとして今回の「筋電センサーによるアバター操作」へと繋がっている。
今回のインタビューでも、武藤氏は視線誘導による文字入力を用いて、自身の声で取り組みを通じて身体性を再び手に入れたことへの喜びや「メタバース」に感じる可能性、自身の活動との親和性などを語ってくれた。
ーー今回の取り組みを体験してみての感想はいかがでしたか?
武藤将胤(以下、武藤):今回のこの『Project Humanity』を通じて、ALSによって失った身体機能をただ補完するだけでなく、身体を拡張することができた感覚だったので、とてもワクワクしています。久々に身体を解放して、僕の音楽で世界中のお客さんと踊ったり、手拍子などで盛り上がったりできるのが今から楽しみです。“ALS患者の身体は動かない”という固定概念を、テクノロジーとクリエイティブの力で覆したいと考えています」
ーーありがとうございます。メタバースとアバターを用いた表現は、年々利用するパフォーマーが増えています。武藤さんから見てメタバースにはどんな可能性がありますか?
武藤:メタバースの世界は、ALSなどで寝たきりになってしまったとしても、あらゆる人が『BORDERLESS』に活躍できる世界になっていくと思っているので、新たな表現の場として期待しています。
僕は視線入力DJのアーティストとしても活動しているので、このプロジェクトで身体を拡張できたことで、世界中でライブができるようになるので、これからがとても楽しみです。さまざまなライブをしてきましたが、どうしてもお客さんとインタラクティブに身体を動かせないもどかしさがあったので、今回のプロジェクトはその身体的制約を突破できるのがうれしいですね。たくさんの身体障害を抱える仲間たちの希望になってくれたらと願っています。
田中氏、中村氏が語ってくれたところによれば、今回の筋電センサーを用いた取り組みは初実験が3月末におこなわれたそうだ。取材日である8月末に至るまでの短い期間で実装・発表にこぎつけており、それを踏まえるとより今後の最適化次第ではさらなる発展に期待がもてる。
現在はまだセンサーが高額であることから誰でも気軽に使えるわけではないということだが、『Project Humanity』が披露する今回のパフォーマンスは、間違いなく多くの人に新たな可能性を提示するものだろう。9月8日からの『アルスエレクトロニカ・フェスティバル』での発表と、その後の反響が今から楽しみだ。
〈参考〉
・難病情報センター「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/52
・Dentsu Lab Tokyo運営事務局プレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000022.000088502.html
・「音声合成技術」について、NTTプレスリリース
https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/14/230614a.html
■登壇概要
イベント名:アルスエレクトロニカ・フェスティバル
日程:9月8日(日本時間)
場所:オーストリア・リンツ
会場:Deep Space 8K
登壇者:田中直基(Dentsu Lab Tokyo)、中村真理子(NTT)、武藤将胤(WITH ALS)
■関連リンク
『Project Humanity』公式WEBサイト
『アルスエレクトロニカ・フェスティバル』公式WEBサイト
人工筋肉と圧力センサーで遠隔からハグができる 「Hugtics」が示す“ふれあい”の未来
クリエイティブ・R&DチームDentsu Lab Tokyoが開発した「Hugtics」は「ハグ」を遠隔体験できる新感覚…