プリ機大手メーカー、なぜレタッチソフト開発へ? 培った「盛りのノウハウ」に感じた“かわいい”へのあくなき努力と探究心

コンセプトは「今日調子よく撮れたな」というくらいのナチュラルな“盛り”

――レタッチで調整できる幅で言うと、盛りすぎないレベルに抑えられている点がポイントなのかなと感じます。

松原:まさにそうですね。プリの利用層も含めて20代、30代のユーザーさんにヒアリングを進めていくと、「記念写真なので、盛れすぎるのは嫌だ」という声が多かったんです。ですが、実際にご自身の写真で『FURYU retouch』を試してもらったところ、意外に強めの加工が選択される傾向にありました。盛れた仕上がりを見ながら調整すると、言葉とは裏腹にもう少しだけ加工したいという気持ちが生まれてしまうようですね。

 なので、今回はあえて盛りすぎない、結果としていい塩梅で止まる範囲で選択肢をご用意しています。「盛る」というよりは「今日は調子よく撮れて満足!!」くらいの感じの仕上がりが『FURYU retouch』でいう“ちょうど良い「盛れ感」”だと思っています。

――“自分じゃない自分”になるというよりは、自分がベストコンディションであると思う顔にどう近づけるかということなんですね。

松原:そうです。スタジオでの写真は特に、人から「加工してるね」とか「盛れてるね」って言われるのってすごく嫌なんじゃないかなと思うんです。本来のその人よりも過度によく見せている、というニュアンスを感じてしまって、抵抗があるような気がします。

 写真スタジオの用途を考えると、「すごく盛れてるね」ではなくて、自分の中で「今日は写真写りが良いな」と思うくらいがちょうどいいだろうと考えています。スタジオで撮るような写真……たとえば成人式の写真ともなれば親族の方に見せる機会もあるでしょうし、その時にあまりに顔が変わってしまっているのも違うと思っていて。10年後に見返したときに「この写真、すごい加工していて恥ずかしい」とならないような、ナチュラルな仕上がりになるようにしています。

――AIによるレタッチの自動化技術も含め、『FURYU retouch』の開発には時間がかかったと思いますし、苦労した点も多かったかと思います。一番苦心したのはどの部分ですか?

松原:一番苦労したのは、やはり最初にもお話しした撮影環境の違いに対応させることですね。プリ機は基本的に正面を向いて撮影しますが、写真スタジオの場合、横顔や斜め顔、うつむいた顔など様々なバリエーションの撮影画角があります。最近はスタジオ内での撮影だけでなく、外に出てのロケ撮影も増えてきているので、どんな環境や画角でも被写体を正しく認識してレタッチを施せるようにするための作業にはかなり苦労しました。

 たとえば、正面から撮った写真に対してレタッチをしっかりとおこなったとして、それをそのまま斜め顔や横顔の写真に適用するとすごく違和感のある仕上がりになってしまうんです。ひどいと、小顔効果によって鼻がつぶれてしまうようなこともあります。

 ですので、顔の角度をもとに横顔か斜め顔かをAIが判定して、柔軟な処理をおこなえるようにしました。顔の角度がついているときは小顔感を弱めることで違和感が出ないようにしていたりもしています。あとは人によって鼻の高さなども全く違うので、輪郭からはみ出すかどうかなど、裏で様々な条件を付けていて。こういう顔のときはこれくらいにしようという形で、たくさんのパターンを想定して開発しました。

 そのほか、目についても工夫しています。目を大きくするレタッチを最大までかけたときに、目を閉じている写真にまで同じ設定を適用してしまうと不自然になってしまいます。その場合は、選択された加工感より若干弱くなるように、閉じていたり下を向いている目には専用の加工が施されるように設定しています。

――様々なシーンを想定した開発にあたって、素材も膨大な量が必要だったのではないですか?

松原:そうですね、膨大な枚数の素材を一枚一枚チェックしました。多様なシーンでチェックしないと処理の精度も上がらないので、開発担当が設定したルールを元にレタッチを施したサンプル画像を豊富に作成し、私のほうで全て確認の上フィードバックし、開発がそれを修正して…を、連携しながらひたすら繰り返しました。何万枚程度では間に合わないのではと思うほどの画像を、ひたすらチューニングしていって、課題をひとつずつつぶしていく地道な作業です。リリースしてからも処理精度の向上は引き続きおこなっています。

――枚数が多いのはもちろんですが、顔のパーツごとにどの状態だったらどうするというパターンが膨大にあるんですね。

松原:はい。女の子の顔がどうしたら可愛くなるか、反対にどうしたら違和感のある仕上がりになってしまうかといったことは、プリ機の開発でずっと向き合ってきたことなので、そのノウハウをすべて活かしながら開発を進めていきました。

 あとは、振袖、ドレス、ヘアカラー等の色が変わらないようにすることも大事にしました。どうしてもプリやカメラアプリを使うと少なからず色味が変わってしまうことがあるのですが、大切な記念としてせっかく綺麗な振袖、ドレスを着ているのでその色味は絶対に変わらないようにしようと思いまして。最終的には、顔周りだけを一つの範囲としてマスクで取って、肌色やメイクだけを調整する形にしています。ここはとくに注力したポイントのひとつですね。

――概念としてはアドビの『Lightroom』や『Photoshop』にも近いものを感じますし、AIによる自動化と手作業のバランス感覚は、こうした写真のレタッチ作業におけるひとつの理想形のようにも思います。

松原:私も『Lightroom』や『Photoshop』を触る機会はあるのですが、自由度が高すぎて、一般のユーザーには逆に難しいですよね。それこそスタジオにヒアリングをおこなった際、レタッチする人によって仕上がりに差があることも課題だとおっしゃっていたところもあったので、「安定性」は重要な要素の一つと捉えています。

 とくに20、30店舗を展開するクラスの大きなスタジオの場合、クオリティの均一化も大事にしていらっしゃるので、そういったこともこのツールなら貢献できるのではないかと思います。

 ユーザー側にしても、『FURYU retouch』はご自身が直接操作することを推奨しているので、プリを通ってきた世代の方々が説明なしに直観的に操作できるような、それでいて時短も叶うものにしたいと思っていて。なので細かい組み合わせを表面に出すというよりは、直観的に選んでいただくと裏で細やかな設定ができるようなインターフェースにしました。

――最新のプリ機『MY PALETTE』を体験した際も、レタッチが細かく選べたりあえてスマホでの撮影場所として使えたりもして、自分らしさを表す選択肢が豊富に用意されていて、目指しているものは『FURYU retouch』に近いものもあるのではないかと感じます。

松原:そういわれると、たしかにそうかもしれないですね。連携ありきではなく、あくまでも互いにユーザーさんのために作りづつけてきて、結果的にそうなったのではないかと思います。「自分らしさ」を大切に表現したい人のため、というのはプリでも『FURYU retouch』でも同じで、ただ使用シーンが違うだけだと思っていて。プリのときはプリで撮ったときの調子のいい自分がありますし、そういう自分らしさをみなさん意識していると思うので、それをどうしたら叶えられるかと考えたときに私たちの企画はこのアウトプットにたどり着いたのかなと思います。

――意図せずシンクロしていたんですね。

松原:そうですね。プリの企画者はおそらくプリを撮ってくださる方を真摯に見続けて企画していると思いますが、それでも同じような価値観に行きつくんだなと思いました。

――このタイミングでフリューさんから『FURYU retouch』と『MY PALETTE』が登場したのは、撮影体験に関するトレンドが変化してきていることの表れでもあるのかなとも思います。

松原:それはあるかもしれません。ここ数年、コロナ禍があって成人式のセレモニーができなくなってしまった分、前撮りなどの撮影を改めて重要視してくださる方も多かったです。

 あと、いまって、すごく「セルフプロデュース能力」の高い方が多いんです。成人式の写真ともなると、いままではどこか型にはまった感じで、上手く笑えないまま撮影されて終わりみたいな感じになってしまう方も多かったのではないかと思いますが、最近は撮影されている方自身も、「自分をこの場でどう見せられるか」というのは意識されていると感じます。

松原:そうですね、色々な価値観の方がいるとあらためて感じます。「親のために撮るだけだから」と衣装も親御さんに決めてもらう方もいれば、振袖の柄からカメラマン選びまでこだわり尽くす方もいます。今回の企画開発を通してたくさんの女の子に話を聞いた結果、写真に対するスタンスはかなり細分化されているなと感じました。ただ、プリが好きな方はやはり写真写りを意識される方が多いという印象を受けていて、そういった方々には『FURYU retouch』『MY PALETTE』のレタッチサービスを喜んでいただけていると感じます。

――そこから得た気付きで、今後こういう機能を追加したい、こんなことをしていきたいと考えていることがあれば教えていただきたいです。

松原:成人式向けだけではなく、ウェディングや証明写真といった幅広いシーンでのレタッチニーズを更に広げられたらと思っています。

 いまはまだスタジオ写真をレタッチするという概念は定着していませんが、少しずつサービスの認知獲得を進めて「成人式の写真を自らの手で綺麗にする」という文化をたくさんの人に広めたいです。そして将来的には、『FURYU retouch』の写りにさらにバリエーションを持たせることでスタジオさんごとの仕上がりの特徴にもバリエーションが生まれて、ユーザーさんがプリ機のように自分好みの写りを叶えてくれるスタジオをそれぞれに選べるようになると良いなと思います。

 プリ機も、最初は加工感がない時代から始まって、少しずつ写真の加工技術が進化して、系統も細分化して、いまでは自身の好みに合わせていろんな写りが撮れるようになっているじゃないですか。業界が20数年で作り上げてきたその流れがレタッチサービスにも来るのではないかと思っていますし、それを私たちが率先して作っていけたらいいなと思っています。顔を自分らしく可愛くしてくれる、綺麗にしてくれるのはフリューだよね、と思ってもらえるよう、今後も頑張っていきたいです。

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