ぼっちぼろまる・ピーナッツくん・星街すいせいの例から考える VTuber楽曲の“垣根を越えたヒット”が意味するもの
「この歌がVTuberだなんて、全然感じなかった」
この言葉は、ある種の臨界点を飛び越えてブレイクしたからこそ生まれる言葉だろう。
ここで特集している音楽とVTuberの関係性で言えば、ブレイクに至る重要なポイントとして、高い音楽性や素晴らしいパフォーマンスを備えているのと同じくらい、ルックスにも大きく左右される。この点は否めなかったはずだ。
そんななか、楽曲発表後からわずか1か月ほどで驚異的な伸びを見せているVTuber・バーチャルタレントがいる。楽曲「刀ピークリスマスのテーマソング2022」をリリースしたピーナッツくんだ。
ピーナッツくんは2018年頃から本格的に活動を始めたバーチャルYouTuberであり、にじさんじ・ホロライブといった二大事務所に所属することなく、現在でも個人として活動を続ける「個人勢」VTuberである。同じ時期にデビューした甲賀流忍者ぽんぽこを相方にし、ファンや同業者から「ぽこピー」という愛称で親しまれ、「バーチャルな姿でYouTuber活動をする」というコンセプトに則って様々な活動をこなしてきた。
生配信では友人らとのゲーム実況配信でリスナーを楽しませつつ、ぽんぽことの収録では全国を飛び回って様々な企画を届けてきた。その姿は、まさに「YouTuber」の姿と変わりない。
2019年7月には着ぐるみ姿となって「ゆるキャラグランプリ2019」の「企業・その他」部門に出場、見事優勝を果たすと、その活動範囲がグっと広がっていくことになった。元々ヒップホップヘッズであったピーナッツくんは、2020年から本格的にラッパーとして活動をスタートさせる。そのユニークなビジュアルと音楽性に加え、「バーチャルYouTuber」という個性を全面に活かした活動が評価され、ヒップホップ界隈関係のメディア・ラッパー・ヘッズからも注目されてきた。
2022年5月21日・22日にはPUNPEEとBADHOPが大トリをつとめた大型ヒップホップフェス『POP YOURS』に出演し、見事幕張メッセの会場を沸かせたほか、2022年だけでも『ピーナッツくん × Moment Tokyo XR LIVE ~ONAKA no NAKA~』開催や渋谷WWW Xのイベント『Heavenly X』への出演、3rdフルアルバム「Walk Through the Stars」のリリースに合わせたライブツアーを渋谷Spotify O-EAST・心斎橋 BIGCAT・配信サイトSPWNの3か所で公演するなど、ライブ活動にも精力的だ。
そんなピーナッツくんが、毎年クリスマスの夜に行われるにじさんじに所属する剣持刀也とのコラボ配信で「刀ピークリスマス2022」を公開。この曲が現在大きなヒットとなっているのだ。
配信中の企画として、ピーナッツくんは友人である剣持刀也への愛を歌ったテーマソングを毎年制作しており、人気が高まり続けるピーナッツくんと剣持刀也の組み合わせということもあり、2022年は過去一番の注目を集めていた。
そんななかで公開された「刀ピークリスマス2022」は、4つ打ちのビートにラテントラップ〜レゲトンを感じさせる哀愁さが漂うサウンドで、2022年に音楽シーンの話題をかっさらったBad Bunnyを連想させてくれる。
表拍と裏拍をうまく行き来しながらのリズミカルなフロウに、剣持への狂気的な愛情を綴ったリリックはファンであれば誰しもがニヤっと笑ってしまうものだ。しかも、本編動画を見てわかるように、PVとして発表された動画はパペット人形だ。何も知らない人からみればこの動画が「VTuberによるもの」とは感じられないだろう。
25日の生配信中にはピーナッツくんが剣持に対して「TikTokで流行るから!」と冗談を飛ばしていたが、公開して1か月足らずで、実際にこの曲はTikTokを賑わせるヒットソングとなっている。最初は同業のVTuberやそのファンたちに、次はインターネットカルチャーに敏感な人たちやTikToker・歌い手たちに、この原稿を書いている2023年1月末にはモーニング娘。、anoちゃん、本田翼まで広まっている。
@anovamos はちわれって猫への勧誘をかわしまくってる
@morningmusume_uf ご本家様の動き、なるべくリスペクト🥜#刀ピー #刀ピークリスマスダンス #石田亜佑美 #野中美希 #モーニング娘23 #morningmusume23
現在までTikTok上で4万本の動画が制作・投稿されており、この投稿数はTani Yuuki「W/X/Y」の動画投稿数とほぼ同じ数だ。しかも、わずか1か月ほどの間で4万本もの動画が制作されたことを考えれば、今後も動画の投稿数は伸びていく可能性がある。
楽曲タイトルに「クリスマス」とあるので冬の曲かと思われそうだが、実際にTikTokでよく使用されているのはサビ直前から「Be My Own!」でバチっと締める部分で、季節感はほとんどない。むしろリズム感・グルーヴの心地よさで評価されているのがわかる。
左右の足をスリ足で交差させ、両脇・腕でパタパタとさせるダンスは、原曲となったPVでパペット姿のピーナッツくんが見せる動きと瓜二つ。この曲を踊るうえでのポイントになる。中野亜紀がこの曲で踊るTikTokerらを観察し、ダンス解説をした動画もある。分からない部分があるとコメントしつつ、キレのあるダンスをこの曲に添えたことで、より普及させた部分は大いにあるだろう。
もちろん、こういったダンス解説にとらわれず自由に踊ったり、ダンスとはまったく関係ない動画にも使用され始めたりと、そのヒットぶりは留まるところを知らないといった状況だ。
@nakanoaki 刀ピーについて教えてください😶そして踊り方がこれであっているのかも動画見たけどわからず…この感じの人が多いかなと思って踊ったよ♡#刀ピークリスマス2022 #刀ピークリスマスダンス #刀ピー
TikTok動画へのコメントを見てみると、そもそも「VTuberとは?」「刀ピーとはなにか?」すら分からないユーザーも多く、「刀ピーさん」という1人の人物として捉えられているコメントすらあるほどだ。
ぼっちぼろまるとピーナッツくん、彼ら2組のバイラルヒットにおいて注目すべきポイントは、TikTokでのバイラルヒットにはルックスや素性などはほとんど関係なく、ダンスや歌といったパフォーマンス、あるいは「自分たちの日常風景にいかにマッチするか?」という快楽性や利便性にスポットが置かれている点にある。
TikTokのユーザーインターフェースは、バックグラウンドで流れている音楽を歌っている・制作した人物のバイオグラフィ・ルックスなどが注目されづらい設計になっている。投稿者を中心に据える設計である以上仕方ない部分ではあるが、この2人・2曲のヒットはその設計がうまく作用したヒットと言えるだろう。
「おとせサンダー」に続き巨大なインパクトを放った「刀ピークリスマス2022」、その勢いはあと何か月ほど続いていくだろうか。動向に注目したい。