スイスにおけるスタートアップ事情 失敗を受け入れる土壌から生まれる大規模なプロジェクト

 スタートアップは、小さな規模で始めて急成長するビジネスだと思っていた。

 筆者が身近に感じていて、知名度のあるスタートアップ企業が、AmazonやGoogle、Facebook(現:Meta)などの少人数がノートパソコン一台から始めた会社ばかりだからかもしれない。

 だから、スイスで紹介されたスタートアップ企業の規模や構想には驚かされた。失敗したらリスクだらけのものが多かったからだ。

 第3回目にして最終回となるスイス・メディアツアーのレポートは、スイスにおけるスタートアップ事情をお届けする。

流通拡大のために地下にトンネルを掘る

 物流に関するスタートアップがプレゼンテーションをしてくれると聞いて筆者が想像したのは、既存の物流システムに新たなコンセプトを加える程度のものかと思っていたが、蓋を開けてみたら、渋滞緩和のために物流用のトンネルを掘削して新たな物流システムを導入して、さらにはCO2の排出量も削減する壮大な計画だった。

 この「Cargo Sous Terrain(以下CST)」にはすでにゴーサインが出ており、2026年から建設が開始されるらしい。

Cargo sous terrain – The Future of Freight Transport

 地下トンネル物流輸送システムの計画が始動したのは、いまから約13年前。

 2010年からの30年間で貨物の輸送が37%増加すると予想したスイスは、そのまま進めば輸送能力が不足するだろうと考えたのだ。また、ガス排出量を削減する必要もあったため、今の物流システムに頼らない新たな方法を模索しなければならなかった。

CSTのトンネルは道路から40%の運輸トラフィックを削減できる予定だ。

 CSTは、地下に直径6メートルほどのトンネルを掘ってレールを3本敷き、レール上をモジュラー型の輸送ユニットが時速30キロで24時間走るシステムだ。

 荷物は、物流のターミナルから垂直の運搬装置を使ってトンネルに下ろす。トンネルは主要都市を結ぶ形で建設され、2031年にはチューリッヒとヘルキンゲンの間をつなぎ、将来的には総延長約5000キロになるらしい。

CSTはスイスの主要都市をつなぐ

 こんなに壮大な事業なのだから、国が主体となって行なっていると思いきや、民間事業だというから驚く。大手小売業や通信会社をはじめとするいくつもの企業が出資しているのだが、スイスはCSTに限らず、スタートアップを積極的にサポートする体制ができているようなのだ。

スタートアップを受け入れる体制が充実

 たとえば、スイスのバーゼルに本拠地を置くNovartis(ノバルティス)は、サードパーティの会社がオフィスや研究室を開けるように、キャンパスを解放しており、今では30ものスタートアップとコラボレーションや交流ができているそうだ。

 また、スイス国内に5箇所のサイエンスパークを運営するスイス・イノベーションは、スイス国内外の研究開発機関や先進的企業、スタートアップがサイエンスをはじめとするさまざまな分野の最先端技術や製品を生み出す循環システムを構築している。

 NovartisのDirector External Communications SwitzerlandであるSatoshi J. Sugimoto氏に、なぜスイスがスタートアップのサポートを大切にしているのか、またパソコン一台で始めるビジネスではなく大規模の計画がサポートを受けられるのか聞いてみた。

 「Novartisに限っていえば、資金面でスタートアップをサポートしているわけではありません。キャンパスにある建物の部屋や研究室をレンタルしています。インフラはすでに整っているので、スタートアップは構築されたものを格安で使用できて、私たちは彼らとコラボレーションしたりエクスチェンジできるわけです」

Novartisのキャンパスは地域住民を歓迎している。デザイナーズビルディングが多く、オシャレな雰囲気だ

 また、荒唐無稽とも思われる大規模なプロジェクトも受け入れられるのは、アメリカのように特許関係が厳しくないことや、大学の研究室から始まったプロジェクトが少なくないこと、アメリカほどではないにしろ、失敗を受け入れる土壌があることなどが考えられるのではないか、と持論を述べてくれた。

関連記事