特集:テックとアイドルのシナジー
「推しは“遠い”から近くにいきたい」 SHOWROOM前田裕二が『smash.』で目指す、グローバルコンテンツの可能性
日本とアジアのエンタメ市場をどう見る?
――前田さんは現在のアジアのエンタメ市場をどう捉えていますか?
前田:K-POP、C-POPの人気が出てきて、それらに日本が押されているという見方が強いですが、そこに良質な悔しさもありますし、変えていきたいと思います。やはりプラットフォームないしメディア『smash.』としてアジアで戦うというより、コンテンツフックで市場を取りに行かないと勝てないと思います。アジアで受けるヒットコンテンツの創出ですね。
――「コンテンツフックでアジアに出て行く」というのはどういうイメージですか?
前田:たとえば「Weverse」(HYBE傘下のアーティストファン向けアプリ)は世界中にユーザーがいますが、BTSをはじめとしたHYBEのアーティストがアプリを使っていたことをきっかけに、グローバルに広がりを持ちました。Weverseというアプリだけが存在していて、K-POPアーティストがそこにいなければ、このサービスが世界で普及する過程でもっと苦労したはずです。『smash.』の場合も、アジアで支持されるコンテンツを日本で作るというのが最重要です。みなさんがよくご指摘するように、韓国コンテンツは初めから完全にグローバルを意識している。日本で全英語詞のトップアーティストは多くないですが、BTSは世界でヒットを出していく際に全て英語の歌詞を狙って歌っていますよね。歌詞は数多くある要素の一つに過ぎませんが、『smash.』もまず国内での収益性を高める中で、しっかりグローバル視点のコンテンツを作っていこうと考えています。
――グローバル視点のコンテンツを『smash.』ではどう作るのでしょうか。
前田:たとえばHYBE LABELS JAPANのグローバルボーイグループのオーディション番組「&AUDITION - The Howling -」(7月開始)に先駆け、番組に出演するメンバーのオリジナルコンテンツを独占配信しました。アーティストがデビューするまでの過程を見せるドキュメンタリーをお見せするのですが、そうやって僕らの中にオーディション番組やリアリティショーの制作経験を蓄積し、今度は我々が独自に新規IPを生み出していきます。これを海外に向けても展開するのが、繰り返しですが長期の戦略視座です。
――日本のエンタメがグローバルコンテンツになるために必要なことは?
前田:単純に売り上げの足のはやさだけ考えれば、海外のJ-POP好きファンに向けたコンテンツを作るほうがいい。しかしBTSのように、本当の意味でグローバルアーティストになるためには相当なリーチ力が必要で、別の戦略をとらねばならないと思います。日本の多くのコンテンツ戦略は後者のグローバルマス狙いではなく、「JPOP好き」など特定のコミュニティーで指示を得る “コミュニティーマス”戦略を自然ととってししまっていると思います。コミュニティーマスだと1つのIPあたり、大きくても約100億円くらいの売り上げでとどまるケースが多く、真にグローバルに通用するコンテンツを作る上では、その5倍、10倍以上を目指して戦略を切り替えねばならないのだと思います。『smash.』でも自分たちが持っているIPには、ニッチコミュニティ戦略だけではなく、マスに届くマーケ戦略を紐づけて戦っていきます。
――マスになるだけでなく、その過程も重要ということでしょうか。
前田:演出の仕方によって全ての過程が重要なコンテンツになります。0からコミュニティーマスになる過程、コミュニティマスが本当のマスになる過程、ゆくゆく人気コンテンツになった時に特に「過程」は本当に大きな価値を持つので、これら全て映像でおさえておく事が重要だと思います。NiziUが生まれたサバイバル番組「NiziProject」や、BE:FIRSTのオーディション番組「THE FIRST」がまさにそれですよね。さらに、まだ人気がこれからだ、という時にもうまく過程を切り取って見せることで、目標に向けて悩み苦しむ、同じ人間だなぁという近さの感覚だけではなく、遠さが演出できるのもポイントです。オーディション番組に出ている候補者は、近いようで、自分の人生とはまた別のドラマを生きている遠い存在と感じられるはずです。
――この“遠さ”がファンを生むと。
前田:まさに。たとえばジュノンボーイコンテストも、「ジュノンボーイ候補者」の肩書きや、合格までの過程が描かれる瞬間、そこに一定の遠さやブランドが生じる。特に男性コンテンツにおいては重要だと思いますが、初っ端からしっかりコンテンツで遠さを演出してブランドを形成する事を軽視してはならないと思います。「隠れているから知りたい」、「遠いから近づきたい」のですから。
――一方で、ファンからすると、推しのことはなんでも知りたいような……。
前田:あるファンの方のインタビューを伺っていた時に、「推しの好きなラーメンが醤油なのか、しょうゆなのか豚骨なのか塩なのかをずっと友達と話している」と教えてくださって。確かに、「塩です」と答えが出たら、想像や妄想を楽しめないのかなと学びました。隠れているからミステリアスで惹かれることってあるのかもしれないです。
一方で、仰るとおり演者はファンに感謝もありますし、ファンにお礼を伝えたい、という観点で、つい身近に降りていってしまうもの。例えばツイートや配信を増やしたり、SNSでいいねしたりコメントを返したり、ということですね。それによって更にファンから反応がもらえるし、ファンも増えたようにも感じるので、一種の中毒性すらあると思います。しかし実際には遠さと近さのバランスを保つことが極めて重要で、継続的に多くの方に愛されるコンテンツたるためには、近づける・遠ざけるというのを交互に行わねばなりません。良い意味で遠ざける上で重要なのはオーディション番組やドキュメンタリーなどプロの手が一定かかったコンテンツやシステムであり、我々もそこにノウハウを更に蓄積して、もっと多くの人々の生活の中に、癒しや笑顔を作っていきたいと思っています。