世界のリモートレコーディング事情と、そこから浮かび上がる日本の特異性 横山克×備耕庸が語り合う
世界のリモートレコーディングに使われているツールとは?
――少し話は変わるのですが、世界の現場、特にリモートレコーディングにおいてどのようなテクノロジーやツールがメインで使われているのか、という部分にも興味があります。
備:使っているツールは世界中である程度共通していると思います。コロナ禍以降のリモートレコーディングにおいて役立ったものをいくつか紹介すると、まずは『Parsec』というツール。リモートでほかのコンピューターをコントロールするツールなのですが、レイテンシーが極めて少ないのが特徴です。実際にカナダにいるボーカリストの自宅を僕の自宅からProToolsでオペレーションして収録しました。僕が送ったマイクと機材をセッティングしてしまったら、あとはこちら側でオペーレションするだけでいい。これまでだと、優秀なミュージシャンだけど、演奏しながら収録のオペレーションを行うのが苦手だったり、マイクのセッティングが分からなくてコラボレーションできないことがありましたが、こちら側でDAWを操作できるというソリューションを得たことによって、解説ビデオを入れた「収録キット」を送るだけで「こっちでオペレーションするのでいつも通りに演奏してね」ということができるようになったんです。リモートデスクトップの機能自体はイノベーションではないけど、レイテンシーが最小化されたことでにより、新しいミュージシャンとご一緒することが可能になるアーキテクチュアルイノベーション(構造の革新)のようなことが起きました。
あとは『Evercast』。『Zoom』みたい映像通話ツールですが、何が違うかというと……いままではリモートで誰かが画面を共有した際、参加者は共有画面のをカーソルで示すことができず、ノートを別途Googleドキュメントでとる場面があった。『Evercast』はひとつのプラットフォーム上で、参加者が感覚的に画面をマークしたり、動画ミーティングのタイムコード付きで同じ画面内にノートを取ることができます。セキュリティレベルも高く、音声もストリーミングも高音質でできるのでハリウッド映像業界で一気に広がりました。これもアーキテクチュアルなイノベーションでしたね。
横山:『Evercast』は僕も興味があります。これってドロップアウトとかはしないんですか?
備:通信速度は必要ですが、日本だったら全く問題ないです。Wi‐Fiだとちょっと遅い可能性があります。
横山:『Zoom』ってすごく敷居が低いんですけど、結構いろんな制約がありますよね。『Zoom』で全部できれば一番色んな人が楽なんだろうなと思うんですけど。でもリアルタイム性が必要になるので『Parsec』は本当に便利です。
備:そうですね。対人のレコーディングに慣れていた方からすると、いきなりみんなが画面の中に入ってしまったことで、反対側でなにが起こっているのかを想像するのが難しくなり、指をさせないもどかしさなども生まれてしまうようになった。だからそこに対してのソリューションを考えなければならなかった、というのはコロナ禍における大きな変化のひとつで、結果的に業界全体が前に進んだと思います。
正直、レイテンシーに関しては地球上で仕事をする以上はしょうがないというか、光の速さ・データ転送の速さには一定の壁はどうしても存在します。ただ、そのレイテンシーを減らせば減らすほど、世の中でできることはどんどん増えていく。僕がいま自作している機材があるのですが、それはレイテンシーが1m sec(ミリ秒)で動くんです。Raspberry Piの中で動かしていて、スーパーローレイテンシーで動かすことに成功しました。
――そのレベルから作っている人を初めて見ました。
備:低レイテンシーを追求すると、そこに行きつきましたね。「自作ツール=良い」ではないというのは、僕自身への戒めみたいなものもあって。ゴールベースで考えて、必要だけどないから自分で作った、というだけなんです。
――お話を聞いていて、備さんのすごさを再認識しました。どういう風に日々の業務において頭を切り替えて時間を作っているのだろうと心配になるくらいには。
備:最近は木と花の研究に夢中だったりするんですよ。朝5時とかに花市場に行って花を見たり、家のなかで活けたり。木とか花とかの自然のかたちを見ると、これは究極のデザインだなと思いますよね。
――エンジニアの人とかテック業界の人と話をすると、結構そういう話になるんですよね。自然物のデザインの素晴らしさみたいな。作れば作るほど自然物のデザインのすごさに改めて驚愕させられると。
備:花を買ってきて元気なところから死んでいく様子まで見届けて、それを処理するっていうところまでのサイクルを月に2回、ちゃんと経験することで、芸術とは何か、美しいとは何かを考えることができるし、いのちをいただいてから飾るという行為も含め、ミュージシャンが今まで魂を削ってやってきた演奏や、それをもとに何かを作る責任について考えたりもできて、すごくいいですよ。
横山:そうやって創作に影響を受けるというのは、たしかにすごくいいですね。
備:よし、今度みんなで一緒にハイキングしましょう。僕は明日も朝6時から山登りですよ(笑)。
ーーここまで複雑化したリモートレコーディングの連載が、最後にこういう着地点で終わるとは(笑)。
横山:まさか最後に自然の話になるとは思いませんでしたね。でも、とても楽しかったです。ありがとうございました!
(メイン画像=L.A. Sunset StudioでのDrumlineをモチーフにしたプリ・レコーディングの様子。提供=横山克)