『FGO』芳賀敬太が毛蟹と語り合う、狂気的に美しい「アヴァロン・ル・フェ」楽曲の裏側

 スマートフォン向けFateRPG『Fate/Grand Order』(以下、FGO)の楽曲をまとめたオリジナルサウンドトラックの第5弾『Fate/Grand Order Original Soundtrack Ⅴ』が、2021年12月22日に発売される。

 今回は2020~2021年に配信された第2部(第5.5章「地獄界曼陀羅 平安京 轟雷一閃」
~第6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ 星の生まれる刻」)楽曲や、第2部後期主題歌となる「躍動」ゲームサイズ、またTVCMで使用されたボーカル楽曲「明鏡肆水」、「幻日」、「Frozen Hope」、ゲーム内で使用された「私の銀河」も収録される。

 リアルサウンドテックでは今回、同ゲームのメインコンポーザーである芳賀敬太と、CM楽曲やイベントBGMのアレンジで参加している毛蟹へインタビュー。作品へ深く関わるようになった毛蟹の『FGO』に対する向き合い方の変化や、第2部 第6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」の“美しさ”を演出した音楽制作の裏側などに迫った。(編集部)

※『Fate/Grand Order』本編シナリオへの言及も含まれますのでご注意ください。

「今回は全てを懸けて挑まなければならないものだった」

「Fate/Grand Order Original Soundtrack Ⅴ」発売告知CM

――毛蟹さんに『FGO』について初めて伺ったのが、もう約4年前のことになります(参考:DracoVirgo×毛蟹が語る『Fate/Grand Order』の魅力)。この時は1.5部「亜種特異点Ⅳ 禁忌降臨庭園 セイレム 異端なるセイレム」のCMテーマソングについての取材でした。そこから『FGO』により深く携わるようになったこの数年間を聞いていきたいと思います。当初は大好きな作品に関われて嬉しい、というパッション全開でお話いただいていましたが、いまはどうでしょう?

毛蟹:パッションはひたすら右肩上がりを続けていますが、それとは別に、『FGO』のお仕事に関しては芳賀さんのお気遣いなどもあって“ホーム”のような感覚が生まれてきていることも事実です。ファンとしての情熱も持ちながら、中の人としての視点を持って作れるようになってきているといいますか。

――“ホーム”だと思えるようになってきたのは、どのタイミングからですか?

毛蟹:芳賀さんから直接BGMのお仕事をいくつかご依頼いただくようになってからですね。

『徳川廻天迷宮 大奥』

――2019年の期間限定イベント『徳川廻天迷宮 大奥』あたりから、ということですね。芳賀さんに何度か取材させていただくなかで、深澤秀行さんや川﨑龍さんなど、様々な音楽家との関係性を掘り下げさせていただいたのですが、毛蟹さんと芳賀さんのそれは、どこか師弟のように見えるときがあって。芳賀さんの立場から、毛蟹さんがある種の“ホーム”としてのびのび制作できるようになる過程を、どのように見ていましたか?

芳賀:確実に言えるのは、2021年のいま現在、『FGO』においては、CM曲も含めて毛蟹さんという音楽作家は欠かせない存在になっているということです。曲数こそ少ないですが、基本的に彼の強みだと思っているところにフォーカスして依頼しているので、あとは毛蟹さん自身がいかに『FGO』という枠の中に落とし込んでくれるか、という部分に期待しているのですが、その打ち返しが回を追うごとに良くなっているという感覚はありますね。

ーーその"打ち返し”で特に印象的なものは?

芳賀:「『FGO』らしさ」みたいなことは考えずに全力でやってほしい、とお願いしたからというのもあるかもしれませんが、「明鏡肆水 ~光と闇の狭間に~」はまさに毛蟹さん自身の音楽性がはっきりと出ていました。一方で、2021年夏の期間限定イベント『カルデア・サマーアドベンチャー! ~夢追う少年と夢見る少女~』の曲を毛蟹さんにお願いしているのですが、ここではFGOらしい曲をとお願いしたんです。そうすると、まさに自分が作ったと思えるような曲も届いたんです。それがすごく嬉しくて。

「超古代新選組列伝 ぐだぐだ邪馬台国 2020」告知CM フルver.

――芳賀さんが考える、毛蟹さんの”らしさ”とはなんでしょう。

芳賀:長くTYPE-MOONの音楽をチェックしてくれている、ということ。そして、その経験を作曲家・編曲家としての多彩な演奏技術で表現してくれているところ、でしょうか。さらにもちろん本来の音楽性はまた別にあって、ひとたびTYPE-MOONの曲となった時に、それらが組み合わさって生まれてくる部分ですね。

――前回の取材である『月姫 -A piece of blue glass moon-』のタイミングでも、毛蟹さんの演奏技術を芳賀さんが高く評価している場面がありました。コンポーザーとしても楽器奏者としても、TYPE-MOONの音楽に欠かせない人になっている、ということなのでしょうか。

芳賀:そうなりつつありますね。今回の作品に収録される曲だと、ボトルネック奏法を使ってもらったものもあるんですが、それは打ち込みで表現できないものなので。生でないと表現できないパートがある曲は必然的にお願いすることになりますし、イメージ通りの演奏をしてもらえるので、すごく助かっています。

――芳賀さんのなかでも、ファーストチョイスが毛蟹さんであることが増えているということですね。今度は毛蟹さんに聞きたいのですが、リスナーとして聴いてきたTYPE-MOONの音楽をルーツにしつつ、作り手として芳賀さんのエッセンスを徐々に取り入れつつあるのでしょうか?

毛蟹:先ほどお話しした“ホーム感”にもつながってくるのですが、僕自身「これ、芳賀さんだったらどう解釈されるんだろう」という視点をかなり持つようになりました。いままでも持っていなかったわけではないのですが、より意識して芳賀さんっぽさを自分の引き出しから取り出しているというのは自覚しています。「僕の中の芳賀さんっぽいフレーズ」、「芳賀さんっぽいアルペジオ」といったものが感覚的に理解できてきたのかもしれません。

――作り手としては大きな変化のように思えます。

毛蟹:そうですね。これが絶対的に正しいというわけではないのですが、芳賀さん自身が変化を続けるなかで、自分もそこに併走できているような感覚です。

――「芳賀さん自身も変化し続けている」ということですが、毛蟹さんから見た芳賀さんの変化がどのように映っているのか、すごく興味があります。

毛蟹:直近のメインシナリオでもある第2部 第6章『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』でも、大きな変化を感じました。美しさに振り切るようになったというか……これが正しい表現なのかどうかわからないのですが、リスナーさんが求めているものはこれ、という形ではなく、芳賀さんが考えている「美しさとは」という美学が信じられないくらい表面に出てきたのが『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』の音楽だと思うんです。『月姫』を含め、毎回曲数を見てもビックリするのですが、これだけの楽曲を作り続けるには、ご自身が変化続けしなければいけないと思うんです。イベントごとや作る曲ごとに変化している芳賀さんの集大成が表層に出てきて……。

『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ 星の生まれる刻』

――その感覚は受け手である自分にもわかる気がします。

芳賀:第2部 第6章に関しては、本当にその通りで。とにかく全てが美しくなければいけないという強迫観念のような気持ちがありました。それがたとえ禍々しいものであっても、美しく表現すべきなのだと。もちろん全てはシナリオのおかげです。奈須きのこの描くものは、すべてが彼の美学の塊なのだということを、改めて身をもって知った章でもありました。これまでTYPE-MOONでやってきたなかで、今までの全力では届かないと思えるくらい、今回は全てを懸けて挑まなければならないものでした。

『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ 星の生まれる刻』

――『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』は、第1部 第6章『神聖円卓領域 キャメロット』と同様に円卓の騎士の名を冠するサーヴァントが活躍するシナリオであり、さらに少し前には『劇場版 Fate/Grand Order ‑神聖円卓領域キャメロット‑』も公開されるなど、円卓モチーフの楽曲を次々に必要とされる時期でした。アレンジの方向性や使い所について迷ったところも多かったと思います。

芳賀:ガウェインがらみの曲に関しては、「約束された勝利の剣」からではなく「獅子の円卓」から派生した曲作りなのですが、まさに『劇場版 Fate/Grand Order ‑神聖円卓領域キャメロット‑ 後編Paladin; Agateram』でも頻繁に使われたモチーフだったため、そことの差別化に苦労しました。幸いなことに、妖精騎士ガウェインは女性だったこともあり、「獅子の円卓」が持つ怖さや岩のような雰囲気ではなく、ここでも美しさをプラスすることを意識しました。それが今回の「Black Prominence ~妖精騎士ガウェイン戦~」でしたし、そこから完全に恐ろしいものとしての「魔犬 ~獣の厄災~」を作りました。本来は全体を見て、ここでこういくからこっちはこうでと、ある程度計算しますが、今回は一つひとつ乗り越えていくしかなかった。その時々に全力を発揮して、次の見せ場ではそれを超えるために自分の伸びしろにかけるような。ある意味、僕も物語の中を生きているような感覚で作っていた気がします。

『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』第13節「ウェールズ(Ⅱ)」進行度6 妖精騎士ガウェイン戦より

――『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』は、最後までスピードが緩むことなく、ひたすらにギアを上げ続け、戴冠式以降は限界のそのまた限界を超えるような構成になっていました。物語のギアがひとつ上がるたびに、芳賀さんのギアも上げなければならなかったわけですね。

芳賀:はい。作り方としては、最初に「星の生まれる刻」(アルトリア・キャスターの宝具BGM/重要な場面にも使用されているBGM)というゴールを設定して、それ以降は頭から積み上げていくという形で進んでいきました。後半に行くにつれ、傷が増えていくような感覚でしたね。切なかったり苦しかったりする曲は、すべて実際にそういう気持ちで作るかと言われればそうではなく、そうあるべきシチュエーションやキャラクターが頭の中で音を鳴らしてくれるのですが、今回はそれだけにとどまらなくて。一度制作を通して出力して、それをいちリスナーとして自分が聴いてやられるというループに入っていました。滅多にないことなのですが、今回はそれだけ身を削って作ったということです。滅びの曲を作ることが、自分が滅ぶのと最終的に等しくなってしまったくらいで。

『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』第4節「グロスター(Ⅰ)」進行度3妖精騎士トリスタン戦より

――特に厄災戦や妖精騎士トリスタンの曲に関しては、そこまでのストーリーにおけるバックグラウンドやテキストの文脈がすごく組み込まれていて、音楽が雄弁であるなと感じました。

芳賀:核となっている妖精騎士トリスタン自身のイメージもすごく痛いものでしたし、ケルヌンノスという存在にも泣けてしまって、このあたりはずっと泣きながら作っていた気がします。痛い苦しいだけではなく、神のあるべき姿としての包み込むような大きさや愛を表現したかったし、奈須はシンプルに「妖精騎士トリスタン戦のバージョンアップ版でも構わない」と言ってくれたんですが、自分が物語に飲み込まれてしまって、結果として求められるものとすり合わせていくのが大変でした。その際にあった苦しさは、かなり入ってしまったと思います。

――妖精騎士トリスタンの苦しさを、音楽ではせめて救ってあげたい、という感情が聴こえてくるような気がしました。『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』に関しては、テキストはもちろん濃厚なのですが、BGMとしての音楽がいい意味で前に出てきているように聴こえたんです。それがスマートフォンゲームとして、かなり異質であり、とても美しく感じました。

芳賀:そのあたりは奈須の計算だと思います。どの曲をどこに当てるか、どういう曲を作るかはすべて彼が決めていますから。僕の感情主導でシナリオを解釈して作ってしまうと、そもそも現実社会の人生ではこの物語の複雑な感情には追いつけないので、あくまでも自分で作った曲を聴くことによって感情が生じて、それがまたループバックして曲が完成していったので、そういう意味で、この物語を見る観客のみなさんの気持ちとは等しくなれたのかな、と思っています。

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