ジャスティン・ビーバーが示した、“手軽なメタバース”としてのオンラインライブ

 11月19日(日本時間)、ジャスティン・ビーバーによるオンライン・コンサート『Justin Bieber - An Interactive Virtual Experience』が開催された。ジャスティンによるオンラインでのパフォーマンス自体は、今年の元日にも開催されており特段珍しいものではない。だが、今回のイベントには次のキャッチコピーが付けられていた。

”JUSTIN BIEBER'S DEBUT PERFORMANCE IN THE METAVERSE!”
「ジャスティン・ビーバーが自身初、メタバースでのパフォーマンスを披露!」

 ジャスティン・ビーバー、メタバースに進出である。どうやら今回のライブはこれまでの配信パフォーマンスとはまた異なるものになるようだ。長年にわたって彼のファンを続けている筆者も、一体どのような光景が広がるのか、どのような体験を楽しめるのか、期待と不安を同時に抱きながら、ライブの参加登録を済ませた。

 さて、実際のライブ・パフォーマンスに進む前に、まずは一旦、「メタバース」そのものについて書いておきたい。このまま文字通りにこの言葉を取り扱うことに対して若干の懸念を感じているからである。

 ここ最近、急速に「メタバース」という言葉を耳にするようになった。テック業界ではVR・AR技術が普及し始めた頃から時折出てくる言葉ではあったものの、この数ヶ月における状況とは比較にならない。人気ゲームの『フォートナイト』や『Minecraft』がメタバースと絡めて論じられるようになったこと、VRを通してユーザ同士が仮想空間上でコミュニケーションを楽しめる『VRChat』といったアプリが登場して定着しつつあること、「メタバース・ガール・グループ」を自称するK-Popグループのaespaのブレイクなど様々な要因が考えられるが、やはり最もインパクトのある出来事と言えば、10月28日に(旧)Facebookが社名を「META(正式名称はMeta Platforms, Inc.)」に変更し、メタバース業界への進出を強く宣言したことだろう。これを機に、これまで以上に多くの企業やクリエイターが「メタバース」という言葉を頻繁に用いるようになり、今や連日のように「○○、メタバースへ進出」という見出しがニュースのヘッドラインに並んでいる。今回のジャスティン・ビーバーのパフォーマンスについても、この流れの一つとして捉えた人も多いのではないだろうか。

 だが、そもそもメタバースとは一体何なのか? METAは「責任あるメタバースの構築に向けて」というテキストにおいて、次のように説明している(*1)。

 「メタバース」とは、同じ物理的空間にいない人々がともに創造し、探求することのできる仮想空間を意味します。そこは友人との何気ない時間、仕事、遊び、学び、買い物、創作活動などを楽しむことができる空間です。必ずしもオンラインで過ごす時間をさらに増やすためのものではなく、オンラインで過ごす時間をより有意義なものにすることを重視しています。

 メタバースは、ひとつの企業が単独で構築できる空間ではありません。インターネットと同様に、Facebook社の存在の有無に関わらず、メタバースは存在します。また、一夜で構築できるものでもありません。この空間を完全な形で実現するには、今後少なくとも10年から15年はかかると言われています。今すぐ参入を望む人々にとってはもどかしいことですが、「メタバースはどのように構築されるべきか」という難問について十分に検討することが重要だと考えています。

 この説明は、分かりやすいようでいて、どこか掴みどころがない印象も受ける。というのも、この説明に基づけばメタバースはすでに存在しているようにも思えるからだ。例えば、『あつまれ どうぶつの森』で友達の作った島を訪問して一緒にアクティビティを楽しんだり、『フォートナイト』でほかのユーザーと一緒にアリアナ・グランデのバーチャル・コンサートに参加したり、クリエイティブモードを通してほかのユーザーが作ったコンテンツを楽しむこともこの説明の中には含まれているし、それらは実際にメタバースの事例として紹介されることも極めて多い。だが、あくまでメタバースは”完全な形で実現するには、今後少なくとも10年から15年はかかる”というものとみなされている。では、いま存在している「メタバース」と呼ばれているもの、ジャスティン・ビーバーが出演する「メタバース」とは一体何なのだろうか?

 「メタバース」という言葉自体、発言者によってある程度定義の仕方を変えて語られることが多いため、厳密に言えるわけではないのだが、筆者個人としては、現時点での「メタバース」という言葉は、共有された仮想空間を軸とした上で、METAの語るような”完全な形”から、その一部分にすぎないものまでがまとめて一括りにされた状態で扱われているのではないかと考えている。それは、ざっくりと分けると次の3つの段階に分類されるのではないだろうか。

(1)“一つの限られた仮想空間”の段階

 特定のプラットフォーム(ゲーム・アプリ等)上に、単一のバーチャル空間が構築されている状態。主に企業などがその空間をフルパッケージで提供する形で運営され、ユーザはその限られた空間の中で、他のユーザと共にアクティビティを楽しむことができる。
(例 : 『フォートナイト』のバーチャル・コンサート、『FINAL FANTASY XIV』などのMMORPG、チャットルームなど)

(2)“あるプラットフォームを中心に存在する一つの仮想世界”の段階

 特定のプラットフォームを中心に、一つの世界が存在しているような状態。フルパッケージとして提供されるような空間に加えて、アセットなどを活用してユーザ独自の仮想空間を自由に構築することも可能であり、まるで開拓されるかのように世界が拡大されていく。その世界の住人であるユーザーは様々な街を移動するようにそれぞれの空間を自由に行き来しながらアクティビティを楽しむことができる。
(例 : 『VRChat』、『Roblox』、『あつまれ どうぶつの森』、『フォートナイト』のクリエイティブモード、『Second Life』など)

(3)”様々な仮想世界が同居する一つの宇宙”の段階

 もはや現実と同程度の存在としてバーチャルがある状態。ユーザーは固有の存在として様々な仮想世界をシームレスに行き来することが可能であり、所有している資産(仮想通貨やNFT、デジタル上の服装や仮想空間における個人情報など)を引き継いだ状態で生活することができる。例えば、バーチャル・スニーカーを購入した場合、それが仕事用の仮想空間だろうと、『フォートナイト』のような娯楽用の仮想空間だろうと関係なく履くことができる。
(例 : (あくまで近いコンセプトとして)インターネットそのもの)

 2番目の段階までであれば、一つの企業や個人のレベルで実現することが可能であり、例に挙げた通り、すでに生活の一部として定着しているものもある。だが、恐らく”完全な形”に近いと思わしき「ユニバース」の段階となると、技術は勿論のこと、企業ごとの連携や、情報の統一化といった社会的・政治的な障壁が立ちはだかる。

 あくまで今はそれを乗り越えた先の未来を目指して様々な準備や取り組みを進めている、という状態だが、そういった取り組みの一つひとつがまとめて「メタバース」というワードで括られ、ムーブメント化したことで、様々な仮想空間・世界が一気に注目を集めるようになった、というのが実情なのではないだろうか。どこかバズワード的な、話題が先行しすぎているのではないか、という印象を抱いてしまうこともあるが、少なくともそういった流れを経て、現時点で実現可能な”カジュアルなメタバース体験”が盛り上がっているというのは確かである。何せ、あのジャスティン・ビーバーがメタバースを舞台にライブ・パフォーマンスを披露するのだから。

 今回のジャスティン・ビーバーのパフォーマンスを手掛けているのは、WAVE社という2016年にインタラクティブ・バーチャル体験を提供することを目的として立ち上げられたスタートアップ企業であり、これまでジョン・レジェンドやティナーシェといったアーティストや、『League of Legends』といったビデオゲームとタッグを組みながら、様々なバーチャル・コンサートを成功させてきた、この分野における第一人者的な存在である。昨年の夏に実施され、話題となったザ・ウィークエンドによるTikTok上でのバーチャル・コンサートも同社によって手がけられたものだ。

 パフォーマンスの模様は専用WEBサイト上で、WAVE社独自の映像プラットフォームを通して配信された。画面の右側には参加者のみが書き込むことのできるチャット・スペースが設けられており、コンサートの開始前からジャスティン・ビーバーのファンによる興奮のコメントが物凄いスピードで流れ続けている。開始直前に流れる映像ではアナウンサーが登場してパフォーマンス中の注意事項などを説明していたのだが、「どの国から見てる?」といった質問や「ジャスティンへの想いをコメントして!」と促すなど、期待値を上げながら積極的に参加者とコミュニケーションを図っており、それに応じてチャット・スペースは更に盛り上がりを増していく。こういった光景はオンラインならではのものだと言えるだろう。とはいえ、これだけではYouTubeやInstagram Liveなどと変わらない。だが、チャット・スペースが用意されている理由は決してこれだけではなかった。

Wave Presents: Justin Bieber - An Interactive Virtual Experience

 カウントダウンを経て、いよいよライブが始まる。画面の中には、彼の最新の代表曲である「Peaches」のミュージックビデオに近い雰囲気を持つCGのライブセットが広がり、更にそのセットを取り囲むように、たくさんのアバターたちが集まっている。やがて、アバターの頭上にユーザー名と共にコメントが映し出されていき、まるでMMORPGのロビー画面のような光景が広がっていく。恐らくチャット・スペースは、この演出のために用意されていたのだろう。そしてまさに文字通り、期待で埋め尽くされた空間に、遂にデジタル・アバターとなったジャスティン・ビーバーが登場した。

 実は、ライブ開始以前の時点では、WEBサイトのビジュアルなどを見ながら、デジタル化されたジャスティン・ビーバーの姿に違和感を感じてしまうのではないかと不安だったのだが、実際に見てみると、見た目こそカートゥーン調にデフォルメされているとはいえ、動きや表情は滑らかで自然なものとなっており、思いのほか素直に受け入れることができた。歌声も元の音源をそのまま流すのではなく、あくまで生歌が使われているようで、ライブ用に歌いやすくメロディを調整したり、歌いきれていない場面もあったりするのだが、それがむしろ、このバーチャル・コンサートをよりリアルな体験であるかのように感じさせてくれる。

 そんなバーチャル・ジャスティンのパフォーマンスを楽しんでいると、「CLICK TO SHOW JUSTIN SOME LOVE(クリックしてジャスティンに想いを示そう!)」というテキストと共に、突然画面上に3つのボタンが表示された。ボタンにはそれぞれ異なる色のハートが描かれており、パフォーマンスに目を向けると、観客のアバターから沢山のハートがジャスティンへと送られており、どうやらボタンと画面内のアバターの動きが連動しているという仕組みのようだ(ハートの上にはユーザー名も書かれており、他の誰かが送ったということが分かるようになっている)。

 このようなチャットとボタンによるインタラクションを伴う演出は、今回披露されたほぼ全ての楽曲に用意されており、デジタル化された観客とジャスティンがバーチャル空間の中で繋がりながらパフォーマンスが続いていく。コンサートのテーマ自体もこの繋がりを軸にしているようで、孤独や不安といったネガティブな感情をテーマに据えた「lonely」に続く「Unstable」では、参加者がジャスティンを光で照らすような演出が取り入れられていた。この「同じ空間を共有し、共に前へと進んでいく」という体験こそが、今回のコンサートにおける最大のポイントなのだろう。これはまさに、バーチャルだからこそ実現できるものである。

Justin Bieber Live on wave.watch - Power Up Moment [Nov 18]

 それを最も象徴していたのが、時折楽曲の合間に織り交ぜられる「SEND JUSTIN YOUR LIGHT(ジャスティンに光を送ろう)」というパートだ。画面内にはメーターとボタンが用意され、ボタンをクリックするとジャスティンにエネルギーが溜まっていくという仕組みらしく、参加者全員で彼のためにボタンを連打するのである。無事にメーターが満タンになると、エネルギーを受け取ったジャスティンが別の空間へとワープし、パフォーマンスの続きが始まるのだ。昔ながらのヒーローショーを見ているような演出に最初はつい笑ってしまったのだが、現実のライブでもコールアンドレスポンスで(どう見ても聞こえているのに)「聞こえないぞ」と煽られる場面があるように、たとえ演出だと分かっていても、能動的に参加すればそれはそれで楽しい。

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