サカナクションのオンラインライブにおける“超立体サウンド”の裏側ーー佐々木幸生&浦本雅史に聞く
8月15、16日に行われたサカナクションによるオンラインライブ『SAKANAQUARIUM 光 ONLINE』。「従来のライブの制約にとらわれず、オンラインライブの表現を再解釈した生配信」とアナウンスされた同ライブでは、サウンドテクノロジー企業KLANG:technologiesによる3Dサウンドの採用がされ、映像についてもオンラインライブならではの演出、映像効果などで観る者を圧倒した。
コロナ禍をひとつの契機とした“オンラインライブ”の発展が、一つの結実を迎えたといえるこのライブ。今回は、その立役者である「チームサカナクション」から、PA・ミックスエンジニアを務めた佐々木幸生氏、サウンドプロデュース・PCマニピュレート・ライブマスタリングエンジニアを務めた浦本雅史氏を取材。日本で初めて導入して話題を呼んだ3Dサウンドシステム「KLANG:technologies」をライブで使用するまでの経緯や、音響面から取り組んだオンラインライブならではの課題や工夫、今後のことについて、じっくりと語ってもらった。(編集部)
「KLANG:technologies」導入の経緯と実装までの苦悩
――今回のライブ、音響面での取り組みがすばらしかったです。「KLANG:technologies」の3Dサウンドの効果もあると思うのですが、まずは同テクノロジーを導入した経緯について聞かせてください。
佐々木幸生(以下、佐々木):オンラインライブを行うにあたって、まず課題に挙がったのは「通常のライブミックスでいいのか」ということなんです。浦本さんはレコーディングエンジニアとしてのMIXを手掛けていますが、今回は生配信なので勝手が違うよね、ということで。
――録ったものを混ぜるのと、生配信では勝手が違いますよね。
佐々木:そうなんです。生配信となるとエフェクトをかけるキッカケ等も有りますしライブを手掛けているサウンドエンジニア(自分)がMIXをして、浦本さんには監修みたいな役割で、方向性や最終的なクオリティの確認、マスタリングまでを担当いただくことになりました。
ーーそれはKLANG導入の前、ということですか。
佐々木:そうです。KLANGを導入したのは、サカナクションがライブで行っている6.1chサラウンドを配信で実現するには、と色々探し回った結果、たどり着いたものなんです。最初にデモンストレーションをさせてもらうことになって、自分のなかでは使えると判断したので、メンバーに提案して。みんなからも「面白いからやってみましょう」ということになったので、正式導入が決定しました。
――「KLANG:technologies」について調べてみたんですが、海外ではオーケストラコンサートなどにおいてイマーシブな音響を作ることに使われてはいたものの、バンドでの使用例が見当たらなかったですし、結果的に日本では初めての例になったと。
佐々木:誰か気が付いてやってるのかなと思ったんですが、どうやらそうだったみたいで(笑)。
――日本初となると、導入にあたって苦労した部分も多かったのかと思うのですが。
佐々木:「KLANG:technologies」は3Dで音を配置していったものがLRのステレオで出力されるんですが、その中にモノラルMIXとステレオMIXと3DMIXが混在できるんです。ただ、3Dに音を配置をしていくと、どうしても出力の段階で位相のズレが起こってしまう。UI上は円形になった見た目を元に、指で音を配置していくんですが、そうするとどうしてもLRの位置が揃わなかったりして。浦本さんは録音してある元の音を熟知しているわけですから、その差異がかなり気になる、と。
浦本雅史(以下、浦本):音色がハッキリと変わって聴こえたんですよ。
――具体的に、どういう風に変わって聴こえたんですか。
浦本:高域のあたりが滲んじゃっていたんです。
――ああ、それはかなり重大ですね。この課題をお二人はどのように解決していったのですか。
浦本:「気になるものは3Dにアサインしない」、という単純な解決法でした。
――わかりやすく言うと、3Dサウンドと2Dのサウンドを並列で鳴らしていたと。
浦本:そうです。そして、その中でどう3D感を出していくかというフェーズに入っていきました。
――3Dにしたものとしてないものは、楽器ごとに分けたのか、あるいはもっと細かく分解して配置を全部変えたのか、どちらなのでしょう。
佐々木:基本は低音楽器ーーキック・ベース・スネアなどはモノラルかつLRの真ん中に配置して一体感を出すようにしましたし、元々ステレオで録音されていたものはステレオ音源にしました。そのうえで、単独のギターやコーラス、ボーカル、タムを3D配置して、エフェクトで空間の広さを演出するようにしたんです。
――では、ベーシックなバンドサウンドはあまり動かさなかった?
佐々木:曲によってコーラスを広げたり、マニュアルで指を使って動かしたり、という形でした。
――それも「KLANG:technologies」ならではですね。
佐々木:同期ができないので、リアルタイムで動かすか、プリセットを作っておいて切り替えるかの2択だったので、バッと広げて曲が終わったら戻すという形で、一瞬であればステレオ音源で広がってもそんなに気にならないですし、見ていただいている方に3D感を感じていただきたかったので、曲のド頭で広げて次の瞬間には戻す、ということをしました。ライブで6.1chを使うときもそれに似たスタイルでしたね。
浦本:そこに関してはテクノロジー云々ではなく、見終わったときに「ライブよかったね!」と思ってもらえるための工夫だった、というところでしょうか。
――ちなみに「KLANG:technologies」を導入すると決めてから、本番までの期間はどのくらいだったのでしょうか。
佐々木:8月頭から準備しはじめたので……。
浦本:実際に音を触った期間は10日もないくらいでしたね。
――予想以上に短くて驚きました。
浦本:元々ツアーをやっていたから、というのは大きいです。
佐々木:ツアー用の2DMIXが出来上がっていたので、それを3Dに落とし込んでいく作業だけだったから、この期間でしっかりとした準備ができたんだと思います。
――モノラル・ステレオの配置については理解できたのですが、もっと違うところで全体的な音の感じがすごく良く聴こえたんですよ。
浦本:技術的にも、サカナクションのスタッフとしても、長年やってきた僕とサニーさん(佐々木さん)のコンビだから、ということもあるかもしれません。あとは、サンプリングリバーブも結構効いたのかもしれません。
ーーそこ、詳しく聞かせてください。
佐々木:サンプリングリバーブは「6.1chライブをやったときのリバーブがそのまま再現できる」ということで浦本さんが持ってきてくれたものです。自分がMIXしているポジションでサンプリングした音と、客席後方で録った音と、天井のマイクで録ったものを3D配置して、前方のリバーブは上のスピーカーから降ってくる感じにして、後方のリバーブを下に置いて、という形で空間的な音を作ったんです。
――それは面白いですね。気になってたことの回答が見つかった気がしました。
浦本:臨場感をどれだけ出すかという演出に使うエフェクトで、本来はブルーレイの製品版などに使っていたんですが、「これ、もしかしてオンラインライブの3Dサウンドに使えるんじゃないか……?」と思って。とはいえ、その臨場感は長年やってるPAじゃないと出せないので、アイデアだけでは解決できず、サニーさんだから実現できたんだと思います。
佐々木:あと、生マスタリングであったことも大きかったと思います。「KLANG:technologies」の出力を浦本さんの方で受けて、EQとコンプレッションを掛けてから配信用の出力に送る、という形だったんです。僕がやった音が直接出ていくわけではなくて、レコーディングにおけるマスタリング作業が間に入ったことで、大きく音が変わったと思います。
浦本:SSLのミキサーを使ったことも大きいですね。
佐々木:配信ライブでは最終的な出力がクオリティーの低い小さいミキサーを通ってしまう事が多くて、せっかくいい音で送っても音痩せしちゃう、みたいな例が多々有ります。なのでそこは避けようということでSSLのミキサーを導入しました。