「映像を捨てたい」Spotifyとテレ東が“音声領域”でタッグを組む意義とは

 オーディオストリーミングサービスの『Spotify』が、テレビ東京とタッグを組み、音声コンテンツの独占配信を開始する。

 これは、テレビ東京が社内に音声コンテンツレーベル「ウラトウ」を設立したことを受けてのもの。第一弾コンテンツとして、音声ヒューマンドキュメンタリー『ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision』の配信を行う予定だ。

 業界注目の取り組みについて、リアルサウンドテックではスポティファイジャパン株式会社 音声コンテンツ事業統括の西ちえこ氏、テレビ東京 制作局プロデューサー兼ディレクターの上出遼平氏、テレビ東京コミュニケーションズ メディア事業開発本部 ビジネスデザイン部 マネージャー 井上陽介氏による鼎談を実施。プロジェクト設立やタッグを組んだ背景、テレビマンから見たSpotifyやポッドキャストといった新潮流のコンテンツなどについて、じっくりと話を聞いた。(編集部)

一時のトレンドは追わない Spotifyとテレビ東京は文化を作るパートナーに

ーーまずは「ウラトウ」設立の背景を教えてください。

テレビ東京コミュニケーションズ メディア事業開発本部 ビジネスデザイン部 マネージャー 井上陽介氏

井上陽介(以下、井上):テレビ東京にとって、配信分野の事業拡大は喫緊のテーマです。今回音声コンテンツに注目した背景としては、今海外で音声広告市場が盛り上がっていることや、国内でも在宅時間が増えてメディアへの接触機会が増えたこと、そしてワイヤレスイヤホンやスマートスピーカーなどのデバイスも広く浸透してきたことですね。Clubhouseなどの音声SNSも登場するなど、音声に魅力を感じている人が多く、これから国内の市場が育っていきそうだということをふまえたチャレンジです。

 また、上出さんから「映像を捨てたい」と音声コンテンツの構想を聞いていたので、そういうプロジェクトがあったらおもしろそうだな、と思っていました。

ーーテレビ業界の人として、音声コンテンツをどのように捉えていましたか?

井上:時間と場所に制限されないのは強いなと思っていました。動画やテレビがすでにレッドオーシャンで、少ないパイを取り合っている中、音声は「画面」の制限がないのが魅力的ですね。あとはより聞き手に委ねるイメージが強くて、聞いてる人たちの好奇心を促すことに優れていると思いました。

テレビ東京 制作局プロデューサー兼ディレクター 上出遼平氏

上出遼平(以下、上出):僕もたまに利用していて、魅力的だと思っていました。リラックスした状態で聞くのに適している印象ですね。寝るときやゆっくりしたいときに触れるメディアで、今の時代にもふさわしいのかなと。

 音声メディアはながら聴きができるし、作り手も簡単に始められるし、お互いに体験へのハードルが低いじゃないですか。そんな中、僕らが映像の手法を取り入れた、ながら聴きできない、気を抜くとすぐに置き去りにされる速度間の音声コンテンツを作ったらおもしろいんじゃないかと思ったんです。そういう意味で、テレビの制作者にとっては音声市場はブルーオーシャンですね。映像の文法で作られてる音声コンテンツはあまりないので。

ーー映像を捨てることで、取材対象者との距離感も変わってきそうですね。

上出:それは間違いなくありますね。人はカメラを向けられると、完全な自然体ではいられないですからね。その被写体の反応も1つのおもしろさではあるんですが、親密さには限界があります。小さな音声レコーダーが一つ置かれているだけの状況であれば、話し手側もリラックスしてくれるので、カメラがないことは逆に大きなアドバンテージになると思います。

ーーロケのノウハウや一般の方への取材スキルは、テレビ東京の武器の1つかと思いますが、Podcastというフォーマットに落とし込んだとき、どのような持ち味が生まれると考えていますか?

上出:「テレ東らしさ」はあってないようなものというか、“何もない”のがテレ東らしさなんですよね。だから制限の中で今までにないものを作っていくことこそテレビ東京らしいスタイルかなと思います。

ーー今回Spotifyはテレビ東京とパートナーシップを提携することとなりますが、西さんにその経緯をお伺いできればと思います。

スポティファイジャパン株式会社 音声コンテンツ事業統括 西ちえこ氏

西ちえこ(以下、西):昨年の秋に、テレビ東京さんが音声コンテンツを作っていると小耳に挟んで、映像をやらなかったら何をやるんだろう、とすごく気になってすぐに連絡を取りました。直接お話しをしたら、音声でしかできないストーリーテリングを、とても真剣に考えてらっしゃると伝わってきて。Podcastは制約がない自由なフォーマットなので、なにができるかをテレビ東京さんと一緒に考えていけるのは、我々にとってもいい機会だと思い、パートナーシップを組みました。

ーー西さんが考える、テレビ東京の魅力とは?

西:テレビ東京さんの1番の魅力は、エッジが立っていて、ブレないところですね。今この時代に、就職したいテレビ局1位になったんですよ。就職したいということは、若い人たちから支持を得られているということですよね。

 テレビ東京さんのような才能にあふれた映像クリエイターの集団が、音声の分野に参入したらどんなおもしろいことができるんだろうとワクワクしますね。Spotifyも一時のトレンドを追うのではなく、文化を作っていく会社だと思っているので、新しい文化や時代を一緒に築いていけたらと思います。

ーー井上さんと上出さんがSpotifyに抱いている印象や、期待していることは?

井上:以前からSpotifyを利用しているのですが、オーディオ配信の業界最大手でオリジナルコンテンツもあり、日本独自のカルチャーにもコミットされていて、クオリティーにこだわりをもって作られているのを感じます。西さんのおっしゃった通り、カルチャーを作っていく心構えがあるのは我々としても心強いです。まだまだこれから文化として盛り上がっていく過程だと思うので、うまく連携ができることを期待しています。

上出:文化を作る使命感を共有できるのは作り手として嬉しいですね。我々は私企業なので利益を出していかないといけないですから、必ずしも文化創造の使命だけにコミットできるわけではない中、やるべきことに協力してくれるパートナーさんがいるのはありがたいことです。

 Spotifyの皆さんとお話しているとスピード感がすごくて、今までとはまったく違う世界と接しているんだなと実感します。近年テレビ離れが起こっているのは事実で、離れていった人たちは、Spotifyにいったり、ちょっとカルチャー寄りになっていたり、もっとコアなところにいったりしています。そこに我々が出向いてコンテンツを提供することで、もう1回テレビに戻って来てくれないかな、と期待しています。

ーーYouTubeやPodcast、TVerや各局独自の配信サービスなど、テレビとインターネットを取り巻く状況は日々変化しています。その中でテレビ局が大事にするべきことや、変わっていくべきことは何だと思いますか?

井上:テレビや動画のマーケティングノウハウは蓄積、更新されていますが、それに加えて、新しいことにどんどん挑戦していく姿勢が大事かなと思います。動画やテレビでは画面の中で可処分時間の奪い合いが起きていますが、画面の前にいない人もたくさんいます。そういう方にも興味を持ってもらえるような、テレビ東京らしいコミュニケーションのあり方を模索していきたいです。

上出:テレビ業界が苦しい状態にある中で、“今あるものを守らなきゃ”というスタンスになったら終わりだと思うんです。こういうときだからこそ挑戦しなければいけません。

 テレビ東京の強みは、他のコンテンツ制作者と比べて、組織が大きいことです。1回失敗してもすぐに潰れるわけではないので、まだ戦おうと思えば戦えると思っています。幸運にもSpotifyさんのサポートを得ることができましたし、社会の中でやるべきことを見誤らずにトライしていきたいですね。

ーー西さんはプラットフォーム側として、テレビ局に対して、今回の取り組みや、それ以上にどんなことをサポートしていけると考えていますか。

西:1番大事なのは、クリエイターが、音声を使ってクリエイティビティを発揮できる環境を作っていくことですね。テレビ東京さんへのサポートもその1つですし、アマチュアクリエイターさんの支援もしていきたいです。今まで音声コンテンツに触れたことがない人たちが、自分たちで発信してみたいと思うようなツールの提供もしていきたいです。