2006年、ぼくらはポケモンをめちゃくちゃに壊してしまったーー『ダイパ』とDSに刻まれた“あの日の熱狂”

2006年、ぼくらはポケモンをめちゃくちゃに壊してしまったーー『ダイパ』とDSに刻まれた“あの日の熱狂”

 長く続いた残暑が終わり、「PS3」や「Wii」が冬の凍えた空気と共に列島に帰ってきた頃、わたしはある意味で死に、ある意味で生まれた。つまり親が買い与えてくれた、どこかの偉大なゲームクリエイターたちが作ったみごとな理想世界で定められた生き方を貫く代わりに、その虚構をどこかの暇人が見つけた方法でハックし、当然待ち受けていた破滅と共に決別した。ただゲームで裏技を試しただけのことを大げさだなと感じた読者もいるだろう。実際、これから数年後にわれわれをこの社会ごと飲み込む予定のインターネットなる大波を、少し早めに被ってしまっただけと言えるかもしれない。

 あのとき、あのシンオウの神話を巡る美しい冒険譚が、美しすぎるあまりに手放したくない一心で、壁に空いたごくわずかな穴をわれわれは覗いてしまった。わたしだけでなく、歩数計を頼りにあの暗闇を歩いた多くのトレーナーがきっとそうなのだ。だからいまでも、「ダイパ」を語るときに「なぞのばしょ」は外せない。望む望まざるにかかわらず、インターネットから悪意も善意も関係なく洪水のように押し寄せる情報により、ポケモンは壊れた、あるいは、われわれが壊してしまったのだから。

(そして中には、わたしを含めPCゲームという邪道に身をやつす遠因となった者もいるかもしれないが、それはまた別の機会に)

 今年2021年には、15年ぶりにあのシンオウ地方がリメイクされ帰ってくるらしい。さすがに新作では、四天王が目の前で「なみのり」をされてすっぽかされる、なんて無礼を再三ゲームフリークが許すと思えないが、2006年とは比べ物にならない規模でビデオゲームはハードソフト問わずあらゆる面からハックされ、侵され、言説へ還元されていく。SNSでユーザーが先走って「ダイパリメイク」をトレンド入りさせたり、発表されたらされたで「この表現はおかしい」と批判されたり、「いやいや適切な表現だと」擁護されるのを含め、作品はともかく作品をとりまく環境は大いに変わってしまった。

 けれども、いまでもテンガンざんを登る苦労は変わらないし、子供はまたしてもシロナの後ろ姿に惹かれるのだろうし、殿堂入りをした頃には喪失感に襲われるのだろう。仮にできたとしても、今度の冒険で背中から「なみのり」をすることもないだろう。

■ジニ(Jini)
ブロガー、ゲームジャーナリスト。2014年、独立ゲーム批評ブログ「ゲーマー日日新聞」開設し、0年代以降のゲームを斬新な切り口で論じていくなか、ミレニアム世代のゲーマー層の関心を得て3000万PVを突破。2020年、著書『好きなものを「推す」だけ。』出版。現在はnote「ゲームゼミ」を中心に、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」やABEMA「ABEMA Prime」などマスメディアでも発信している。

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