なぜ『Apex Legends』は“多様性”を重視する? レジェンドたちの個性に込められた「Respawn Entertainmentの姿勢」

障害を抱える人々もまた『Apex Legends』で活躍するレジェンドである

 ここまでは人種や国籍などのルーツ、性自認や性的指向などの性のあり方について触れてきたが、『Apex Legends』における「多様性」はそれだけではなく、身体的、精神的な障害についてもまた、キャラクターを構成する要素の一つとして取り入れている。

 前シーズンとなるシーズン7で登場した宇宙科学者のホライゾンについて、立ち止まっている時の落ち着かない振る舞いや一部のモーションを見て共感と疑問を抱いたあるプレイヤーが、ホライゾンの登場から約1ヶ月後、英語版の声優を務めているElle Newlands氏のTikTokに質問を投げかけた(参考:https://twitter.com/smads18/status/1336106012336680961)。すると彼女がADHD(注意欠如・多動性障害)を抱えていることを嬉しそうに認め、その後Twitter上でも公表したのだ(参考:https://twitter.com/ElleNewlands/status/1336459026129854464)。何故「嬉しそう」だったのかというと、実はこのElle氏自身もADD(注意欠陥障害)を抱えている人物だからである。

 これと近い事例は、2019年7月からのシーズン2で登場した、天才電気技師として電気フェンスやパイロンで鉄壁の要塞を構築するワットソンについても当てはまる。彼女についての紹介文や、セリフの数々が示す騒音を嫌って静寂を好み、コミュニケーションに悩む姿、そして外部の侵入を遮断し爆発物を無効化するアビリティに対して、一部のプレイヤーは共感を抱くとともに、やがて「もしかしてワットソンは自分と同じタイプの人間なのではないか」と考えるようになっていた。

 そしてワットソンの登場から約1年後、シニア・ライターを務めるTom Casiello氏は「あまりにも沢山の人の声を聞きすぎて大馬鹿者になっていた」と反省しながら、彼女が自閉症スペクトラムを抱えているという設定であることを公表した(参考:https://twitter.com/tommiecas/status/1278056806195945474)。公表することによってコミュニティをサポートすることが出来るという可能性と、理解不足などによる偏見を助長することへのリスクなどを天秤に掛け、最終的にRespawn Entertainmentは前者を選んだのである。

Meet Wattson – Apex Legends Character Trailer

 やはり重要なのは、これらの設定を持つレジェンドがあくまで自然にゲーム内で共存していることである。自分と同じ特徴を持つキャラクターが、そうではないキャラクターと一緒に普通に共演して、ゲームを象徴する存在として活躍している。その「普通さ」が、現実の世界でそのような環境に属していないプレイヤーにとっての救いとなる。そして、それはあくまでキャラクターの魅力や奥深さを高める上での「個性」として表現されているのである。

(筆者注 : ワットソンやホライゾンの描写については、あくまで数ある症状のひとつであることに注意してほしい。実際はより症状が軽い場合もあれば、重い場合もあり、当事者自身が「個性」として到底受け入れられない事例も多く存在する。各レジェンドの描写自体についても決して完全ではなく、プレイヤー間で議論となったり、当事者コミュニティを中心に指摘が入ることもあり、様々な意見を踏まえながらRespawn Entertainmentは『Apex Legends』のアップデートを続けていることを記しておきたい)

 ここまで紹介してきた内容の多くは、冒頭で書いた通り、実際にゲームをプレイする上ではなかなか気付くことのないものである。だが、ここまで徹底的に様々な可能性を踏まえて創り上げられたキャラクターだからこそ、本作で描かれるレジェンドたちは、誰もがユニークな個性と魅力を放っているのだ。本作の魅力の一つであるストーリーテリングについても、キャラクターの作り込みがあってこそのものであり、それが世界トップクラスと言われる日本国内での人気や、二次創作文化の大きな盛り上がりの要因であると考えることも出来るだろう。

 では、何故、Respawn Entertainmentは時にはリスクを踏まえてでも、ここまで強く「多様性が重要である」という姿勢を示し続けているのだろうか?

 『Apex Legends』は前提として「複数人が繋がり、互いに協力して勝利を目指す」というゲームであり、基本的に誰か一人だけが活躍するだけでは勝つことは極めて難しく、それぞれがお互いのために協力する必要があるゲームバランスとなっている。また、レジェンドたちのアビリティは単体でも強力だが、他のアビリティと組み合わせることで真価を発揮することも非常に多い。そして、本作は知らない人同士でもボイスチャットなどを使わず非常に簡単にコミュニケーション出来るPingシステムを初めて導入したゲームでもある。まさに、「人々を結びつけ、結束させ、楽しむことが出来る」という部分に本作のコアがある。

 だからこそ、決して本作プレイヤーの一人ひとりが「仲間外れ」に感じる瞬間があってはならない。誰もが一人のレジェンドとして参加し、活躍することが出来るのが『Apex Legends』である。そんなRespawn Entertainmentのプレイヤーに対するリスペクトがあるからこそ、本作は多様性の重要さを表現し続けているのではないだろうか。

■ノイ村
92年生まれ。普段は一般企業に務めつつ、主に海外のポップ/ダンスミュージックについてnoteやSNSで発信中。 シーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始
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Twitter : @neu_mura

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