連載:クリス・ブロードの「ガイドブックに載ってない日本」(第1回)

外国人YouTuberの僕が、“奇妙ではない”日本のアイデンティティに惹かれた理由

クールで遠い国、日本

 ビジネスはどの国でもできますし、英語の教育も多くの国で需要がある。それではなぜ、私が日本にこだわったのか。話が少し前後しますが、その原体験から振り返ります。

 子供の頃、日本はクールな文化の象徴でした。特に90年代の日本は凄かった。私は『ポケモン』や『たまごっち』に魅了され、任天堂、ソニーのゲーム機で育った世代です。ただ、そうしたゲーム以上に僕を魅了したのは、エンジニアとして働く父の影響で好きだった、カメラやパソコンなどのガジェットです。初めて使ったカメラはSHARP製で、次に手にしたのはパナソニック。パソコンは東芝でしたし、そうした経緯もあって、早くから日本に興味を持っていました。

 しかし同時に、多くの英国人と同様、日本はとても遠い国だと思っていました。同じ英語圏でも、アメリカ人の方がずっと、日本を身近に感じているでしょう。政治的なつながり以上に、地図を見ても、アメリカと日本の間にあるのは太平洋だけ。しかしイギリスと日本の間には多くの国があり、どうしても遠く感じてしまいます。日本は行きたくてもなかなか行けない、遠く離れた国だったんです。

 実際、イギリスに住んでいる人たちに「日本に行きたいですか?」と質問したら、十中八九「もちろん!……でも、とても遠いしなかなか行けないよ」と答えるでしょう。そんななかで、18歳の私が「海外に住んで英語を教える職に就こう」と決めたのは、そうすれば日本に行くチャンスをつかめると考えたことが大きかったんです。観光や短期ステイではなく、仕事をすれば長期間、日本に住むことができるはずだと。

 あの時、バンクーバー行きの飛行機のなかで、映画学部卒の男性と出会い、「考え直した方がいい」と説得されなかったら。あるいは、スイス行きの飛行機のなかで、日本の素晴らしさを教えてもらっていなかったら。私はそのまま映画学部に進学し、まったく違う人生を歩んでいたに違いありません。

 結局、私はストレートに映画の道を目指すことはありませんでしたが、しかし、多くの作家が個人的なプロジェクトとしてフィルムやドキュメンタリーを作り、フィルムフェスティバルに応募していることに気づいてからは、そういったアプローチで映画業界に入ることも可能だとわかりました。そして、日本で映画制作やYouTuberをやっている外国人は多くない。ブルーオーシャンなら目立てるだろう、という計算も生まれてきたんです。私の目指すものと、やりたいこと、好きなことがガッチリ噛み合い、そのなかで日本に向かうことになったのです。

日本に惹かれた理由は「アニメ」ではない

 私が日本に惹かれた理由は、他の多くの外国人とは異なるかもしれません。特にインターネット上では、日本のアニメが好きな外国人が多く、いわばオタクカルチャーが大きな人気を得ています。しかし私は、日本の映像コンテンツではアニメより実写映画が好きで、お気に入りは伊丹十三監督の『たんぽぽ』です。

 大学の専攻は前述の通り「ビジネスと英語」でしたが、日本語のコースも選択したことがあります。そのクラスの大半がいわゆるオタクで、日本といえばアニメの話題ばかり。もちろんジャパニメーションのクオリティは素晴らしいと思いますが、それは日本のひとつの側面に過ぎない。なぜ日本=アニメという見方になってしまうのかと、非常に驚いたことを覚えています。

 私は特定のコンテンツというより、日本人の考え方や、言葉の選び方、文化という、その背景にあるものに魅せられています。例えば、「本音と建前」という、海外からすると非常に独特な文化も、知れば知るほど興味をそそられます。なぜ日本人の考え方はこうもユニークで、言葉選びにも気を使っているのか、と。

 これは私の考えですが、日本人が協調性を重んじるのは、古くから農耕民族として協力しながら生活を営んできたことも大きいと思います。狩猟は少人数でも成立しますが、米作のような大規模な農業は、協調性を失くし話を乱すと、成り立たなくなってしまう。だから、歯に衣着せぬ発言ををして諍いが起きるリスクを避けるために、お互いに譲り合い、共通した認識を作るための「建前」が発達したのではと。

 さて、私が日本の文化に初めて触れたのは、8歳のとき。実は、デジタルカメラを初めて触るきっかけとなったバンクーバーの叔母の結婚相手が、ジャパニーズ・カナディアンなのです。彼にバンクーバーにある日本食レストランに連れて行ってもらい、天ぷらを食べました。あまりに美味しくて、「なぜ、この料理がイギリスにもないんだ!」と憤ったものです(笑)。

 世界的にブームが起こるなかでも、イギリスには日本食を出すレストランが少なく、チェーン店として「わがまま」と「YO! Sushi」がありますが、正直、味はイマイチ。そのため、美味しい日本食を食べるには少し本格的なお店で、かなりの金額を支払わなければなりません。そんな日本食を普段から食べている、日本人の生活とはどんなものなのか。イギリスでの日本文化との関わりがあまりに薄かったので、楽しみな反面、現実味がなく不安もありました。

 映画で描かれる日本も、理解が難しい国です。例えば、ジェームズ・ボンドが日本にやってくる『007は二度死ぬ』。全編日本でロケされていて、出てくる物全てが奇妙キテレツに見えました。もし、映画で描かれていることが事実なら、日本とはどんなに不思議な国なのだろうと。

 少しだけ先回りして話してしまうと、実際に日本に住んでみれば、確かに変わったところはたくさんありますが、映画のなかで描かれているような荒唐無稽さはありません。イギリスの映画で日本を登場させる際には、渋谷のスクランブル交差点の人混みと大きなスクリーンを見せて、観客を圧倒するのが一般的ですが、それはあくまで、日本の一側面でしかない。テレビ番組も日本をヘンテコな国として紹介しがちで、限られた時間ではあまりに自分たちと異なる文化をしっかり掘り下げることができないのかもしれない。私はそんなメディアとは一線を画した、地に足ついた日本と日本文化を世界に発信したいと考えています。

 日本は奇妙な国ではない。しかし、他の国よりアイデンティティーを色濃く残していると思います。日本も近年で大きく変わった、と思われるかもしれませんが、例えばお隣の中国は、他文化の影響を強く受け、すでにいくつかの文化が失われているように見受けられます。しかし日本は、島国として地理的に孤立していることもあってか、本連載で今後お話ししていくように、独自の文化が続いているんです。

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