VTuberの投げ銭文化はなぜ成熟? インターネットの“嫌儲”ムードが変化するまでを辿る

 世界の投げ銭ランキングTOP3をバーチャルタレントが占めるなど、成熟しているVTuber・Vライバーの投げ銭文化。日本ではこれまで馴染みのなかった文化だが、なぜこのシーンは時間をかけてしっかりと成長することができたのだろうか? 

  VTuberは「絵付きの実況者」と揶揄されることもある。しかしその時――もしもVTuberが「絵付きの実況者」に過ぎないとして――その揶揄は「実況者」や「絵付き」であることをどれだけの解像度で捉えられているのか。「実況者」はどのような歩みを辿り、そして「絵付き」であることがそのシーンにどのような影響を及ぼしているのか。インターネットの投げ銭文化の歴史を辿りながら、その理由について考える。

 日本でネットユーザーによる生配信のシステムが登場したのは2000年代後半、ニコニコ生放送やUstreamの頃に遡る。当時はいわゆる「嫌儲」の時代。特にアフィリエイトで収益を上げる2ちゃんねるまとめサイトが論争の対象となっていた。

 その雰囲気は、動画コンテンツにも同じように漂っていた。例えばニコニコ生放送と隣接するニコニコ動画でも、ボカロソングの著作権管理をJASRACに信託したことにユーザーからのバッシングが発生したのがこの頃である。ネットカルチャーの複雑な文脈が組み込まれた作品はネットユーザーの共有財であり、そこから生まれる経済的利益をクリエイターが得ることには大きな抵抗があった(もっとも「振り込めない詐欺」など、商業的価値を正面から評価するタグがあったことは留意しなければいけない)。

 ニコニコ生放送での配信はわざわざお金を払ってするもので、お金を稼ぐためにするものではなかった。素人の喋る見世物小屋のように言われることもあったし、攻撃的なコメントが目立った。外部で話題になるのは、過激な言動が問題視されたケースが多かったようにも思う。

 経済的利益を生み出すハードルは、動画コンテンツよりさらに高かった。例えばニコニコチャンネルの一般ユーザーへの開放が2013年、2011年から始まったクリエイター奨励プログラムがニコニコ生放送に適応されたのが2017年、投げ銭に相当するギフト機能が追加されたのが2018年だ。彼らは(特に視聴者からの)収益を度外視して活動を続けるか、歌い手や動画投稿者へと自身のジャンルの再定義をする必要があった。コメントとのやり取りやゲームのプレイでライブ、配信ならではの魅力――チャット欄の視聴者たちに一体感や熱狂を生み出せたとしても、そこには経済的な出口がなかった。そのような彼らの活動の一部は嫌儲ムードが引いた後、VTuberとしての再始動へと繋がっていく。

 YouTubeが一般ユーザーへパートナープログラムを開放した2011年、時を同じくしてゲーム実況を主軸にした配信プラットフォーム・Twitchがサービスを開始。ゲームの競技シーン、いわゆるesportsの大会配信の他、Ninjaやshroudといった個人の配信者・ストリーマーも順調に視聴者を増やし、北米を中心に海外で配信サイトとしての地位を確固たるものにした。

 Twitchでは配信者に対して月額課金することで、広告無しでの視聴やチャット欄で使えるスタンプを解禁するサブスクライブ機能が定着。その後に導入されたBit、いわゆる投げ銭と合わせ、「視聴者が配信者を支援する」仕組みが整った。

 日本では2013年、PS4にTwitchとの連携機能が搭載されたことで認知が徐々に浸透。2016年頃からはプロゲーマーの梅原大吾、プロゲーミングチーム・DeToNatorのストリーマー部門などがTwitchでの活動を開始。同じく10年代前半から広まり始めたYouTuberの流れと合わせてクリエイターへの嫌儲の雰囲気が徐々に薄まり、多数のライブ配信サイトが誕生、配信者への課金が普及した。

 YouTube LiveがSuper Chat、いわゆる投げ銭を実装したのが2017年(月額課金に相当するチャンネルメンバーシップは2018年から)。同時期がVTuberの大量参入と重なったことが、世界のSuper Chatランキング上位を占める一因となったと考えられる。同時にそれは多くの日本語チャンネルがYouTube Liveへ参入するタイミングにもなった。ランキング上位を占めるのは多数のVTuberを含めた日本語、次いで韓国語、英語のチャンネルだ。VTuberを除いても日本語の占める割合は多い。仮にTwitchやbilibiliなどYouTube Live以外の大手配信サイトの収益まで含めれば、ランキングはある程度違った結果になるだろう。

 ここまでの流れをまとめると、VTuberの投げ銭文化が成熟した外的要因は、海外の影響で国内の嫌儲の雰囲気が薄れてきた・YouTube LiveにSuper Chatが実装されたタイミングでたまたま登場したから、ということになる。そしてここで「絵付き」であることが、VTuberと他の実況者との大きな違いとして働いてくる。

 「絵付き」であることが二次創作、ファンの活動を活発にする。例えば配信の一場面のイラスト化。製作者は実物の顔をデフォルメする手間をかける必要はないし、鑑賞者がデフォルメされたイラストと実物の顔との差異に違和を感じる余地はない。優れたイラストレーターによる統一されたキャラクターデザインがあるから。ゲーム実況の操作キャラクターを配信者に置き換えても良いし、TwitterでのVTuber同士のやり取りをイラストに起こしても良い。配信者のキャラクターで流行りの漫画のパロディをしても良い。一つのキャラクターデザインの元に無数のファンアートとイメージが生成される。

見えているイメージだけではない。見えないイメージも纏う。TwitterやYouTube、歌ってみた、各種イベントを介して、切り抜き動画、コメント、ファンによって『キズナアイ』の共通理解としてつくりあげられる特定のペルソナイメージの中で、バーチャルな存在は生きている。(「制作するペルソナ:バーチャルYouTuberの“新しい生”」より)

 VTuberはそれらのイラストを積極的に拾い上げる。リツイートされるだけでなく、朝のつぶやきに花を添えるかもしれないし、配信のサムネイルとして他のチャンネルとどちらが魅力的に見えるか競うかもしれない。仮にこれらのイラストを全てイラストレーターに発注していたらどうなるだろう。好きなものを、そしてそのコミュニティをもり立てようとするファンの活動はお金には換算できない。他の要素でのファンの活動もそれに続く。ロゴデザイン、背景、イメージソング、3Dモデル、動画の切り抜き、雑談配信向けに募集される質問箱への投稿、コメント、そしてもちろん投げ銭も。

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