「将棋電王戦」は人間とコンピュータの関係を改めて問い直した 映画『AWAKE』公開を機に振り返る

映画は棋士ではなく開発者の人間ドラマを描く

 本作の主人公はプロ棋士ではなく、AWAKEの開発者だ。これは本作の一番重要なポイントである。

 筆者も含めて、当時電王戦を見ていた人々の多くは、人類代表であるプロ棋士側に共感していた人が多かっただろう。日進月歩で進化するAIに対して、人間はどこまで通用するのか、人間がどんな意地を見せてくれるのかという物語として注目していた人が多かったのではないだろうか。実際、電王戦の公式サイト(https://denou.jp/final/)もキービジュアルに使用されているのは人間の棋士たちの勇ましい顔で、キャッチコピーは「人類の、けじめの闘い」だ。

 しかし、AI開発というのも人間の営みだ。ならば当然、開発者にもドラマがあったはずだ。なにより、AWAKEの開発者は元奨励会所属だ。かつて目指したプロを目の前にして、多くの思いが去来したに違いない。

 本作は、基本的な人間関係はあくまでフィクションだが、要所は事実を抑えている。本作の主人公、清田も元奨励会という設定で、幼少期から将棋一筋に生きてきた人間として描かれている。

 そして、後にAWAKEと対戦するプロ棋士、浅川と清田を奨励会の同期という設定にし、二人の因縁をドラマの主軸に据えた。浅川の天才的なセンスの前に、自分の限界を悟った清田は奨励会を辞め、自堕落な大学生活を送っていたところに将棋ソフトの存在を知り、ゼロからプログラミングを学び最強将棋ソフトウェアを開発するという筋書きだ。

 物語のポイントは、一度挫折した人間がAIというテクノロジーによって新しい夢を見るという点だ。清田が将棋ソフトウェア開発に熱中する理由は、夢を絶たれたことに対する復讐ではなく、今まで見たこともない手を指すAIに将棋の新しい可能性を見たからだ。一度は奨励会を辞めた男が、自分の開発したソフトウェアで将棋を進化させることができる可能性に彼は惹かれたのだ。

 実際のAWAKE開発者、巨瀬氏は「勝ちにこだわっていなかった」と記者会見で語っている。彼は、元奨励会員として自分のソフトウェアが将棋の進化に貢献できることに喜びを感じていたのかもしれない。プロが「ハメ手」を使ったことを批判したのも、「それは将棋の進化ではない」という思いだったのだろう。プロ棋士が葛藤しながら「ハメ手」を使って勝利を勝ち取ったのが「人間の意地」だったとすれば、21手投了も、将棋の進化を夢見る開発者という「人間の意地」だったのかもしれない。

 映画『AWAKE』は、テクノロジーは人に夢を見せるものだということを思い出させてくれる作品だ。「AWAKE」という単語は「目覚める」という意味だが、本作を見た観客も改めてテクノロジーと人間の関係を見つめ直し「目覚めた」ような気分になれるだろう。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『AWAKE』
12月25日(金)、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
出演:吉沢亮、若葉竜也、落合モトキ、寛一郎、馬場ふみか、川島潤哉、永岡佑、森矢カンナ、中村まこと
監督・脚本:山田篤宏
制作・配給:キノフィルムズ
製作:木下グループ
2019年/日本/日本語/119分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
(c)2019『AWAKE』フィルムパートナーズ
公式サイト:awake-film.com
公式Twitter:@awake_eiga2020
公式Instagram:@awake_eiga2020

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