「将棋電王戦」は人間とコンピュータの関係を改めて問い直した 映画『AWAKE』公開を機に振り返る

 2015年の「将棋電王戦」を題材にした映画『AWAKE(https://awake-film.com/)』が12月25日に公開される。

 本作は、ドワンゴ主催の人間VSコンピュータの将棋戦である「将棋電王戦FINAL」から着想を得た物語だ。プロ棋士が事前にアマチュア棋士が発見していた「ハメ手」を用いたことで、AI開発者側がわずか21手で投了したことで議論を呼んだ。本作はその事実をもとに、人間関係などにアレンジを加え、フィクションとして生まれ変わらせた作品だ。プロ棋士と対戦する将棋ソフトウェア「AWAKE」を開発した主人公を吉沢亮、AWAKEと対戦するプロ棋士を若葉竜也が演じている。

 電王戦は、人間とAIの関係を多くの人間に考えさせた画期的な試みだったが、本作もまた、別の角度から人間とテクノロジーの関係を見つめなおした作品と言える。

議論紛糾した世紀の対決

 作品の魅力を解説する前に、当時の電王戦FINALで何が起こったのか、事実を確認しておこう。

 本作で取り上げられる対局は、2015年3月から4月にかけて開催された「将棋電王戦FINAL」だ。プロ棋士5人と5つの将棋ソフトウェアの総当たりによる対戦で、本作で取り上げられるAWAKEは最後の第5局で登場した。4局目までの対戦成績は、2勝2敗。最後の対局で人間とAIの決着がつくという局面で、異例の短さであるAWAKE開発者側の21手投了という形で終了した。

 これは、AWAKEとの対局に挑んだ阿久津主税八段が、事前のイベントでのアマチュアとAWAKEとの対局で発見された「ハメ手」を使ったことによるものだ。電王戦に先駆けて、「電王AWAKE(ノートPC)に勝てたら100万円!」という企画がニコニコ動画で実施されたのだが、その時一人のアマチュア棋士によって「ハメ手」が発見された。だが、阿久津八段は、対局後のインタビューで件のイベント前からこのハメ手に気づいていたと証言している(参照:https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/632/2632599/)。

 これに対して、元奨励会でAWAKE開発者の巨瀬亮一氏が対局後の記者会見で阿久津八段を批判。「すでにアマチュアが指して知られているハメ手をプロが指してしまうのは、プロの存在意義を脅かすことになるのでは」「一番悪い手を引き出して勝つというのは、何の意味もないソフトの使い方」と語った。

 一方の阿久津八段にも大きな葛藤があったことは確かで、「(ハメ手について)人間相手にはやらない作戦のため葛藤もあった」と述べ、「事前にソフトを貸し出していただくというルールの中で、自分にできる最善ということでこの作戦を選びました」と回答している(参照: https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1504/11/news025.html)。

 両者の主張とこの対局については、将棋ファンとプロ棋士、AI開発者などからも様々な方向から意見が飛び交った。「セキュリティホールとも言えるハメ手があるのは開発者の責任だ」という意見、「そもそも事前に棋士にソフトを貸し出すというルールはどうなのか」という意見、「プロならだれもが魅せる将棋を指したいが、人間のプライドを守るための苦渋の選択だった」という意見など。(当時の白熱した意見を読みたい人は、こちらのブログを参照してほしい)

 電王戦は、人間とコンピュータの関係を改めて問い直したと言えるだろう。加速度的に成長するAIに対して、人間はいつまで互角に戦えるのか、AI脅威論が現実に聞こえてくる中で、プロ棋士たちは大げさでなく「人間の尊厳」をかけて戦っていた。一方で、AIの発展は、人間の頭脳だけでは到達できない新しい領域に将棋を導いたともいえる。阿久津八段もAWAKEのソフトウェアによって自分の弱点を知れたと語っているし、現在最も注目を浴びる棋士である藤井聡太二冠も研究にコンピュータを活用していることは広く知られている。

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