5人の識者が語るARGの進化史と、ポスト真実の時代における“ゲームと物語のあり方”

5人の識者が語るARGの進化史と、ポスト真実の時代における“ゲームと物語のあり方”

日本を代表するARGを目指して

えぴ:なんにせよ正直なところ、Webでの体験型イベントは、まだ物珍しさに依存しているというのは正直な感触としてありますね。

城島:群雄割拠というか、自爆や淘汰も含めたお試し期間ですよね。でも同時にすごくセンシティブの期間でもあって、一回目が面白くても、次に参加したらつまらなくて、三回目もつまらなかったらもう「これはつまらないもの」になっちゃうんですよね。そういう意味では私も「日本でARGを広めるために、日本を代表するARGを作るぞ!」と言って、もう何年にもなるんですよね。それぞれが自分にできることを投入して、誰も文句を言わないものを作るぞ! と。問題は、この企画の題材がパンデミックだったことですね(苦笑)。作らなくてよかった!

石川:実際に作っていたらヤバかったですね!

城島:ただ、アナログゲームの『パンデミック』もそうですが、プレイヤーたちとAIとの戦いっていうのは良いと思うんですよ。プレイヤーが一丸となって戦う構図ですね。

えぴ:ARGの良い側面ですね。現実の世界だと達成感ってなかなか得にくいですが、ARGだと架空の悪を立てられます。そしてその悪に対し、何千・何万人のプレイヤーが力を合わせて、何かを成し遂げられる。しかもそれは、ARGの持つリアルタイム性・現実感により、プレイヤーの心に強烈に残る達成感となり得ます。無論、それはかりそめのやりがいかもしれませんが、それを通じて現実の問題に立ち向かうエネルギーを得るというのはエンターテイメントの力ですよね。困難な時代だからこそ、勇気を与えられるものが出てくると良いし、作りたいですね。

城島:作りたいですね……って、私たちもう3時間も話してるんですね。これは合宿が必要だな。

――そろそろ良いお時間になりましたので、皆様最後に一言ずつ、よろしくお願いします。

石川:自分としてはARGの楽しさをしっかりアピールした上で、フェイクとARGのもつ危険性について、あえて指摘しておきたいと思います。今はフェイクをさらに作り出しやすくなっているので、より慎重な注意が必要です。ARGのドキュメンタリー風映画『ザ・インスティチュート』を見ると一層実感できると思います。

実際、『オングズハット』はネットが生み出した最初の都市伝説のひとつと言われています。これは「ある大学の科学者が次元を越える実験をした」という設定なんですが、それを信じた人が米国ニュージャージー州にあるゴーストタウン、オングズハットに押し寄せたんですね。ARGにはそういう一面があることは、肝に銘じるべきだと思います。

城島:都市伝説とARGって、相性いいですよね……。

えぴ:ARGは、「何のためにやるのか」というところをしっかり考える必要があります。私はエンタメとしてのARGに可能性を感じているので、ARGは手段と思っています。その一方でアートとしてのARGもあって、これは「いかに現実っぽい感覚を与えられるか」が主眼です。そうなると「より現実っぽく見えるほうが正義」なわけですから、これは危ないことになり得えます。

 個人的には、エンタメの人には「ラビットホールはフィクションと分かるようにしろ」と勧めています。でないと社会的軋轢を生みかねないので。ラビットホールという入り口で頑張る必要はありません。フィクションだと理解しつつ踏み込んだ人の心を、ストーリーの力でARGの魔法に引き込むことは可能なんです。

竹内:ARGと似た手法を、社会運動で使おうとする人もいますが、これはフェイクニュースとして受け止められやすいですね。実例としては慶応の大学生が「小学校4年生が首相を批判する」サイトを作ったけれど、結果として大炎上したというケースがあります。またプロモーションとして受託すると、クライアント会社の名前で責任が発生しますから、取れるリスクかどうかは相談しておかなくてはなりません。実際、3D小説でも危なっかしい瞬間はありましたから。

     ARGの仕掛け人としての立場から言わせてもらうと、日本は「街に痕跡を残す」のに時間もコストもすごくかかる国なんですよね。もっと手軽かつ低コストで仕掛けを作れる手法があると良いなと思っていて、うちでは今LINE botの可能性を色々と模索しています。

城島:これぞARGっていう、分かりやすく面白いARGを早く作りましょうね!     

(画像=Pexelsより)

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