「上演」か「上映」か? 『ダークマスター VR』によって拓かれる“VR演劇”の可能性

VR演劇は「上演」か「上映」か

 劇作家・タニノクロウ率いる「庭劇団ペニノ」の代表作にして、これまで何度も上演を重ねてきた『ダークマスター』が、“VR演劇”として東京芸術劇場に登場。2003年に産声を上げた本作は、狩撫麻礼が原作を、泉晴紀が作画を担当した同名短編マンガを舞台化したもので、フランスやオーストラリアでも上演されてきた。物語は、とある洋食屋を訪れた青年が店のマスターからの「この店で働かないか?」との誘いに乗り、どうにかこうにか“一人で”店を回していく様が描かれるものだ。

 まずはVRというものの現在地について整理しておきたい。もちろんこれは“バーチャル・リアリティ”の略語で、主に“仮想現実”と訳されるものだということは広く知られているだろう。そもそもこのVRを用いたコンテンツにあまり興味がないという方もいるかもしれないが、スティーブン・スピルバーグ監督作『レディ・プレイヤー1』(2018年)や『マトリックス』(1999年)など、“仮想現実世界”を描いたフィクション作品に触れたことが一度はあるはずだ。

 正直なところ筆者もVRには明るくないのだが、ゲームをはじめとするコンテンツで幅広く採用されていることは知っている。しかし、“VRを描いた映画”は多くあるが、“VR映画”はいまだ定着していない。VRのためにつくられたオリジナル作品であり、日本初のVR映画でもある『夏をやりなおす』(2018年)という6分間の短編作品だけは鑑賞したことがあるが、正直なところ、これまでにない強烈な体験を与えてくれるものではなかった。その後のVR映画については停滞している印象である。そんななかで登場してきたのが、“VR演劇”という存在だ。

 体験方法はいたって簡単。ほかのVRコンテンツと変わらず、専用のゴーグルとヘッドホンを着用するだけ。『ダークマスター VR』はやはり通常の観劇とは異なり、まずロビーにてレクチャーが行われた。当然ながらこのご時世なので、かなり念入りにアルコール消毒をしている模様。その後、係の方の案内に従って、みなが順番に粛々と入場していく。

 会場である東京芸術劇場シアターイーストは、最大300人弱の観客を収容できるが、この『ダークマスター VR』は一度の上演の定員数が20人。これまで何度もシアターイーストに足を運び慣れ親しんできたつもりだが、そこは完全な“異空間”へと変わっていた。薄暗い場内の中心には黒を基調とした長方形の大きな箱があり、それが20の個室に仕切られている。ネットカフェの個室の連なりに近い感じだ。そこへ一人ずつ入室。中の壁は、左・前・右と、鏡らしき仕様になっている。つまり個室内は“合わせ鏡”となっており、何人もの“自分”が出現する空間なのだ。これから足を踏み入れる、仮想現実世界へと誘う空間演出である。それは、何もないところでゴーグルを着用し、みなが一様に同じ方向を向くVR映画とはまったく違う。演劇である以上、空間こそが最も重要なのである。

 さて、本作のあらすじについては冒頭で簡単に述べたが、“主人公が洋食店で働く”ーー『ダークマスター』は本当にたったこれだけの物語だ。しかし、“一人で”というのは正確ではない。主人公はマスターから超小型ワイヤレスイヤホンを耳の中に仕込まれ、そこから聞こえてくる声の指示に従って彼は動く。つまり、すべては彼の“意思”ではなく、マスターの“指示”によってのみ行われるのだ。これは今回のVR演劇において、かなり忠実に再現されることになった。『ダークマスター VR』における“主人公=彼”とは、観客である私たち一人ひとりだ。もちろんインタラクティブなものではないため、私たちはマスターの指示に従うしかない。文字通り、“従う”しかないのである。そこにたしかに私たちはいるけれども、私たちの意思は存在しない。

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