ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文に聞く ロックバンドは“低域”とどう向き合うべきか?

アジカン後藤に聞く“バンドと低域の関係”

 リアルサウンド テックの連載企画「音楽機材とテクノロジー」にて、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文にインタビューを行った。テーマの中心は、ロックバンドが今の時代に向き合う“低域“についてだ。

 ここ最近、ブログやSNS、インタビューなどでも低域のサウンドの必要性について繰り返し発信している後藤。同時代のグローバルなシーンにアンテナを張るリスナーとしての感性と共に、プライベートスタジオである「Cold Brain Studio.」を設立したことも、その意識の背景にあったものとして大きかったようだ。エッセイ集『凍った脳みそ』(ミシマ社)でも、ユーモラスな文体を駆使しながら、スタジオを設立するまでの紆余曲折を書いている。

 ASIAN KUNG-FU GENERATIONとしての最新アルバム『ホームタウン』にも、そうして培われたユニークな音作りの発想が注ぎ込まれている。専門的なサウンドエンジニアリングの話は置いておいても、端的にロックアルバムとして「音の良さ」が図抜けていることは聴いた人に直感で伝わるだろう。

 “邦ロック”と呼ばれるシーンのバンドサウンドと、海外のポップ・ミュージックのトレンドとなっているサウンドメイキング、その方向性の違いが大きくなっている今。彼はミュージシャンとしてどこを見て、何を考えているのか、たっぷりと語ってもらった。(柴那典)

第一回:横山克が語る、機材で『テクスチャーを作る』ことの重要性 日本のレコーディングスタジオへの提言も

「俺たちが思ってる以上に、欧米のロックの人達はボトムを聴いてた」

ーーまず、後藤さんが低域のサウンドの重要性について考えるようになったのはどういうきっかけだったんでしょうか?

後藤:基本的には、もともとロックバンドのサウンド、特に日本のロックバンドのサウンドがどうやったら欧米のロックに近づけるのかっていうところが疑問の原点だったんです。それがゆえにFoo Fightersのプライベートスタジオ(Studio 606)に行ってレコーディングするという試みもあったんですけど。

ーー3年前にアルバム『Wonder Future』をリリースした時にその話をしていましたよね。(参照:アジカン・後藤正文が提示する“強い表現”とは? 「殴り合ったりするとかじゃなくて、幸いにも俺たちにはペンがある」

後藤:そうそう。でも、そういうことをやってるうちに今度は音楽全体で、使ってる音域が変わってきて。ヒップホップとかR&Bとか、アメリカのポップ・ミュージックの最前線の人達がすごい低い音域を使い始めた。何なら30Hzくらいの音が足されてたりして。本当に振動みたいな音が入ってきて、めちゃくちゃローエンドに広がったんです。そうなってくると、Foo Fightersですら若干アジャストできていないくらい、ロックバンドの音作りが難しくなってきた。今まで音楽的にエッジィであること、サウンドがエッジィであることっていうのがロックバンドの面白さだったのに、違う角度から違う面白さが出てきちゃった。

ーーそれがここ数年というイメージ?

後藤:たぶんトラップ以降じゃないかな。世界的にもラップ・ミュージックが一気にメジャーになって、ヒットチャートを制圧しちゃったような感じがある。(トップチャートに)ロックの人がほとんどいないんですよ。いわゆる普通の人が聴いてる音楽が変わっちゃって、求められるサウンドの構造がかなり変化したと思う。それが大きかったのかな。

ーーそうですよね。具体名を挙げるならば、2018年はDrakeがあらゆるチャートを制圧していた一年だった。で、たとえばDrakeの「Nice for What」とか「God’s plan」あたりのヒット曲を聴くとやっぱりすごい低域が鳴っている。

後藤:そうですね、ウゥーーーン、っていいますからね。

ーーこれはベースという楽器で鳴らせるよりも下の音域なんですよね。

後藤:そうですね。基本的にはベースをアンプから鳴らしてそれをマイクで拾って出してる音ではない。いわゆるシンセベースというか、サブベース(Sub Bass)の音ですね。サブベースっていう考え方がロックにはなかったんで。

ーーこのサブベースが重要なポイントだと思うんです。サブベースというものがロック・ミュージックのサウンドメイキングに与えた影響をきっちり振り返る必要があるなと思っていて。僕自身のリスナーとしての実感で言うと、James Blakeが出てきたあたりから「なんかこれは違う低音が鳴ってるぞ」という感触があった。その時はヒップホップというよりもダブステップ以降のエレクトロニック・ミュージックの文脈でそれを感じていたんですが。

後藤:僕としては、そういうのはいわゆるベース・ミュージックのひとつというか、低音を楽しむのが好きな人達のジャンルだと思ってたんですよ。でも、そういう人達が楽しんでるような低音が、いわゆるポップ・ミュージックの分野に入ってきた。僕としては、スタジオを整えてるうちにそれを意識するようになりました。定在波っていうんですけど、反響を止めて、低音がちゃんと聴こえる環境で音楽を聴いたときに、たとえばKendrick Lamar「All The Stars feat.SZA」とかを聴くと、めちゃくちゃ気持ちいいローが入ってくるんです。でも、たとえば日本のスタジオで定番になっているYAMAHA NS-10Mというモニタースピーカーだと80Hz以下が出ないので、これが聴こえてこない。

ーーということは、プライベートスタジオを作っていく過程で、音響に対しての意識が芽生えてきた?

後藤:そうなんですよ。それで、いろんな疑問がつながったんです。たとえばFoo Fightersのスタジオでドラム、ベースを録ってる時に、なんで大きなスピーカーでモニタリングするのかというのも、低音が出るからなんです。小さいスピーカーで録るより迫力があって、どう鳴ってるかがわかる。俺たちが思ってる以上に、欧米のロックの人達はボトムを聴いてたんだと思ったんですよね。あとは、個人的に「どうして日本のロックは音が上ずってるのか」っていうことを研究してたのもあって。

ーーこれはもっと前から?

後藤:そうそう。Foo Fightersのスタジオに行く前ぐらいからエンジニアとそういう話をよくしていたんです。ギターもピーキーだし、ボーカルも声の高い人が多い。なんで全部上に行くんだろう、みたいなイメージがあったから。低音をもっと出したいと思ってたんだけれど、充分出してるつもりでもやっぱり物足りない。そういういろんな疑問が、スタジオの環境を整えたら一気に見えてきたんです。

ーーなるほど。話を整理すると、問題意識は二つに分けられるわけですね。一つは最初に話してもらった、海外でラップ・ミュージックが完全にメインストリームになったことで露呈したロックバンドという形態自体の限界がある。そして、それ以前に感じていた、日本のロックバンドのサウンドメイキングに関しての問題意識がある。なので、まずは後者から聞いていきます。僕も同じことをすごく思うんですが、ここ数年、メジャーで活躍する日本のロックバンドのボーカルはとてもキーが高くて、ハイトーンの歌がほとんどになっている。これはハイトーンでないと歌が埋もれるから、ということ?

後藤:音域がそこしか空いてないからかもしれないですね。練習スタジオが狭いという環境も要因の一つとしてあると思いますよ。

ーースタジオが狭い?

後藤:インディーズ時代の自分たちもそうだったけれど、狭い練習スタジオに入ってバンドで「せーの」で音を鳴らしたら、ボーカルって聴こえないんです。叫ばないと曲にならない。だから初期のアジカンがエモいのは当たり前で、それはもう爆音の中でセッションしながら曲を作ってるから、叫ばないと自分が何を歌ってるかわからないからなんです。

ーーなるほど。極論を言えば、日本の練習スタジオが狭いから、ロックバンドはハイトーンのヴォーカリストが多くなる。

後藤:スタジオの環境だけじゃなく、練習の方法の問題もありますけどね。ボリュームを絞って、音を整えて練習すればいいんだけど、みんな爆音のフルショットでやるから。一方で、たとえばラッパーが低い音でラップできたり、話し声と近い音域でラップできるのは、トラックを作ってラップ入れて、まずは音源だけで曲が成立することが多いからじゃないかな。

ーーそういえば、これはKREVAから聞いた話なんですけれど、マンブルラップがなぜ生まれたかという背景に「イヤモニの進歩は大きいんじゃないか」と彼が言っていて。つまり、それ以前のラッパーはちゃんと声を張ってラップをしないとステージで自分の声が聴けなかったけど、イヤモニになったから、モゴモゴとしゃべるようなラップが可能になったっていうようなことを言っていた。

後藤:それはKREVAが言ってたのなら正しいんじゃないかな。ヒップホップの人のマイクの持ち方を見たらわかるけど、みんなマイクのポップガードのところを半分ぐらいふさいで歌ってるんだよね。そうすると声の音が大きくなるから。でも、あれをロックでやったら絶対ハウる。

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