ボイス・トランスレーションーー“バ美肉”は何を受肉するのか?:後編

 しかし筆者は、このような批判の妥当性と困難は理解しつつも、バ美肉には別の可能性が有りうると考えたい。筆者がみる限り、バ美肉の配信者のなかには投稿をはじめたばかりの頃から現在に至るまでで、かなりの程度、声質が変わった者もいる。彼らの変質は、「声質」を知らせる視聴者たちとの関係性のなかで育まれたものである。先にも引用した、吉見による批判は「広範な匿名的な顧客との応対」に向け規格化された声が性差別を作るというものであった。ならば、特定の視聴者たちとの関係性が蓄積した声の変質や、それを受けてキャラクターの身体が変形するような、声と身体のフィードバックループを考えることはできないだろうか。

 彼が望む「女性らしい声」が挫折し、それがキャラクターの対比的なデザインに変形をもたらし、彼自身やバ美肉のジェンダーロールにも変質をもたらす。筆者がバ美肉に期待して止まないのは、「女性らしさ」の挫折と新たなジェンダーロールの創出だ。そしていつか、『あたらしい女声の教科書』が求めた「気長に付き合ってくれるだけの友人」が、ここに現れることを願う。

「異性の声に幻想をもつこと」そのものを抑制することは難しい。なぜなら、声はそもそも自己と他者の認識のズレを作る音響だからだ。しかし、ゆえに私たちは、「声変わり」を迎えるとき、「幻想を受け止めていた肉体」を身をもって知ることとなる。バ美肉が受肉したのは、バーチャル美少女だけではないのだ。

 トランプ政権がトランスジェンダーの存在を行政上認めず、性の定義を生まれつきの性別に限定することを検討している。本稿執筆中に報じられたニュースである。

■黒嵜 想(くろさき・そう)
1988年生まれ。批評家。音声論を中心的な主題とし、批評誌の編集やイベント企画など多様な評論活動を自主的に展開している。活動弁士・片岡一郎氏による無声映画説明会「シアター13」企画のほか、声優論『仮声のマスク』(『アーギュメンツ』連載)、Vtuber論を『ユリイカ』2018年7月号(青土社)に寄稿。『アーギュメンツ#2』では編集長、『アーギュメンツ#3』では仲山ひふみと共同編集を務めた。Twitter:@kurosoo

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