VR市場拡大のカギは一体型HMDの普及にあり VR機器の“歴史的転換点”からその未来を読む

VR市場拡大のカギは一体型HMDの普及にあり VR機器の“歴史的転換点”からその未来を読む

 VRというと最近のテクノロジーの印象が強いが、実は半世紀以上の歴史がある。

 最初の“VRヘッドセット”については諸説あるが、モートン・ハイリグ氏が1960年に出した特許(US2955156A)資料には、現在のVRヘッドセットとほぼ同じ図案が記されている。

 VRヘッドセットが世間に広く認知されるきっかけになったのは、コンピューター科学者・アイバン・サザランドが制作した「ダモクレスの剣」だった。

 こちらは頭に被せるタイプではなく、天井から吊り下げられたヘッドセットに顔を当てる形式だった。今からちょうど50年前に、すでにヘッドトラッキング機能が存在していたのは驚きである。

Ivan Sutherland – Head Mounted Display

 しかしながら、VRヘッドセットを使うには高価なコンピューターと膨大な資金が必要だったため、長い間NASAなどの大組織でないとVRを扱うことはできなかった。その後も様々なメーカーがVR機器を製造しては撤退を繰り返す時代が続き、長い間、VRは“面白いけれど一般に普及するには時期尚早の技術”という存在だった。

 そのVRの歴史を変えたのが、パルマー・ラッキーが世に出したOculus Riftである。

Photo from Oculus blog

 ゲーム見本市『E3』にデモ機として出展した時点で非常に完成度が高く、大手メディアが投票を行う“Game Critics Awards Best of E3”で2013年のベストハードウェア賞を受賞した。なお、この年のベストハードウェア賞を受賞した他の商品は PlayStation 4(Sony Computer Entertainment)、 Blade(Razr)、Shield(Nvidia)、Xbox One(Microsoft)の4機種。軒並み世界的な大企業の有名製品ばかりであった。当時まだ量産すらされていなかった商品が世界的な大企業と肩を並べたことからも、Oculusの完成度の高さと革新性が伺える。

 Oculusに惚れ込んだうちの一人が、「DOOM」や「Quake」などの大ヒットゲームを作り、FPSの生みの親と言われているジョン・カーマック氏。2018年現在もOculusのCTOとして働いている。

 Facebookが元ナップスター社長のショーン・パーカー氏との出会いで飛躍したように、20代で大きなプロジェクトを手掛けた起業家が、そのノウハウを生かして次世代の若手起業家と手を組み、世界的な企業に成長させる文化がアメリカにはあるようだ。

 ジョン・カーマック氏が上述の世界的ヒット作を作ったのは20代の頃だったし、ショーンパーカー氏がナップスターで一躍有名になったのも20歳前後の頃である。なお、Oculus社は2014年にFacebook社に20億ドルで買収されている。

 それまでVRヘッドセットと言うと一台何百万円もしていたが、Oculusは10万円前後で実現してしまった。

 何故そこまでの価格破壊ができたかというと、“ヘッドセットのディスプレイに、スマホで使われている液晶と同じタイプのものを利用した”、“拡大グラスによって生じる映像の歪を光学的に補うのではなく、元の映像素材自体に逆歪みを加える事で、光学機器を簡素化させた”という二つの大きな理由があった。

Photo from Oculus blog

 当時のOculus社のブログを見ると、設立当社は手作りで一つずつプロトタイプを作っていたのが伺える。かつて多くの大企業が実現できなかった低価格化を実現したのは、革新的な製造技術ではなく、既製品の斬新な組み合わせ方と、製造技術の粗さを補う高度なプログラミング技術だったのである。

 完璧な物作りを目指すのではなく、ゲーマーとして面白いものを如何に安く作るかをつきつめた、「割り切り力」こそがOculusRiftの成功の秘訣だった。

 OculusRiftの成功を号砲のように、HTC ViveやPlayStation VRなどが続々と発売され、2017年にはWindows MRをひっさげてMicrosoftが参入するなど、据え置き型VRヘッドセットは今も日々進化している。

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