NHKエンタープライズ・田邊浩介が語る、“ライブでは味わえない映像体験”の可能性
『8K:VRシアター「Aoi -碧- サカナクション」』(2015年)や『8K:VRライド「東京VICTORY」』(2017年)など、最先端の8Kメディア技術を活用したVR作品を発表してきたNHKエンタープライズ(以下、NEP)。これまでサカナクション、サザンオールスターズといった人気アーティストと最新の映像技術を掛け合わせて、斬新な映像体験を生み出してきた。
リアルサウンドテックでは、両作品に携わったNEPの田邊浩介氏にインタビュー。世界最大のクリエイティブ・ビジネスの展示会『サウス・バイ・サウスウエスト(以下、SXSW)』に出展した際に高く評価されたという2作品が生まれた経緯、これからのエンターテイメント体験に求められる要素をたっぷりと語ってもらった。(編集部)
「最初は“VR”を意識していなかった」
ーー「8K:VR」というコンテンツを制作するに至った経緯を教えてください。
田邊浩介(以下、田邊):まず、グループ会社のNHKメディアテクノロジー(以下、MT)が、2014年に8Kカメラによる超高精細な3D映像の撮影技術を開発しました。翌15年にMTが顧客向けのプライベートショーをヒカリエホールで開催することになり、「目玉となる8K3Dコンテンツを上映したい」ということで、NEPが演出を担当することになったんです。高解像度が魅力の8K3Dなので、通常であれば雄大な自然や、風光明媚な景観を“再現”することがテーマになりがちですが、それでは従来と変わらず「目玉」にはならないと考えて、「8K3Dを活用した最先端のMV」というコンセプトを提案しました。音楽好きなMTの担当者も乗ってくれて、そこから、アーティストとコラボレーションして、新しい表現ができるコンテンツにしましょう、という話になったんです。8K3Dの映像だけでなく、最新のサウンドシステムである22.2chサラウンドも組み合わせて、レーザー照明も導入して、とことんエンターテイメントに振り切ったコンテンツを作ってみようと。
ーーそれが『8K:VRシアター「Aoi -碧- サカナクション」』につながったんですね。
田邊:そうです。正直に言うと、最初から「VR」を意識していたわけではありませんでした。ただ、8K3Dと22.2chにレーザー照明を組み合わせ、250インチスクリーンで初めて試写した時に、「これはバーチャルリアリティだ!」と発見したんです。22.2chでのサラウンドもライブハウスで聴いているような臨場感がありましたし、ヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)がなくても、等身大のサカナクションが目の前で演奏しているような感覚を味わえて。だから、最初にヒカリエで公開した時は『8K×3D×22.2ch立体音響「Aoi -碧- サカナクション」』というタイトルだったのですが、「VR」だと気づいてから『8K:VRシアター「Aoi -碧- サカナクション」』に変更し、「8K:VR」というコンセプトを打ち出しました。
ーー制作サイドからしても、想定外の体験をもたらすものだったんですね。
田邊:僕自身もこんなに上手くいくとは思っていませんでした(笑)。繰り返しになりますが、8Kの立体映像に立体音響や空間演出を組み合わせることで、ヘッドマウントディスプレイを付けなくてもバーチャルリアリティ的な演出ができると発見したことが大きくて。例えば、250インチスクリーンの手前に設置したステージに照射したレーザーの軌跡から、サカナクションのメンバーがホログラムのように登場するオープニングシーンが象徴的ですが、実空間と虚像が融合した、新しいメディア体験の手応えを感じました。そこで培った演出手法を別のアプローチで形にしたものが、サザンオールスターズの楽曲をフューチャリングした『8K:VRライド「東京VICTORY」』です。
ーー「8K:VRライド」は、「8K:VRシアター」とは異なるコンセプトを持っていた?
田邊:そうですね。「8K:VRライド」は、8Kの映像を半球型ドームスクリーンに投射し、映像や音響にシンクロさせてシートを動かしたり、風を吹かせることで、バーチャルトラベル的な体験ができるのではないか、というコンセプトから生まれたものです。「8K:VRシアター」との共通点は、HMDを使用せずにVR体験ができること。HMDには没入感では敵いませんが、HMDを使用しない最大のメリットは、驚きや感動の体験を共有できることです。SXSWに出展した際も、“HMDを使わないVR”という点を評価してもらえましたし、8KとVRの組み合わせも新鮮に受け止めてもらえたと思います。「8K:VRシアター」の場合、偏光メガネは掛けますが、HMDに比べたらはるかに手軽です。シアターを作り、50人同時に体験できるスタイルでの出展でしたが、やはり一緒に体験した人たち同士で体験をシェアできるところが高い評価を受けていました。あらためて、心が動いた体験をシェアできることが求められているんだな、と実感したんです。
「テクノロジーは道具でしかない」
ーー海外と日本の違いは感じますか?
田邊:感じますね。2016年にニューヨークへ行った時、オフブロードウェイでショーをたくさん観たんです。『フエルサブルータ』『スリープ・ノー・モア』『ストンプ』などいろいろ観ましたが、観客を驚かせたいという熱量の高さや演出の濃厚さがすごいと感じました。たとえば、品川でロングランしている『フエルサブルータWA!』のオリジナル版には、日本では様々な規制で実現できないから、最初から思い浮かばないような、突拍子もない演出がてんこ盛りです。必ずしも新しいテクノロジーを使っているわけではないのですが、とにかく“圧倒的にすごい”ことは伝わってくる。やはり、エンターテイメントは、どんな体験をさせるか、に尽きると思います。テクノロジーは道具でしかなくて、その道具を使ってどんな体験をデザインしていくかが重要なのかな、と。そのデザインしたい体験にあわせて、必要なテクノロジーを取捨選択していけばいいわけですから。
ーーなるほど。
田邊:NEPでも8Kでライブを撮影したり、22.2chで録音したり、常に試行錯誤しながらライブ番組を作っていますが、結局、生のライブの感動には勝てないんですよ。ライブと同じ土俵では絶対に負けるから、再現ではなく、ライブ会場では絶対に味わえないエンターテイメント体験を作った方が良い。そうしないとやっぱり意味がないし、作っている方も面白くないですよね。