“何でも叶う人生”は本当に幸せなのか 『影を売る女』が描く“影”を手放した先の代償

映画『影を売る女』が全国公開中だ。出世にも恋愛にも縁がなく、モヤモヤとした日々を送っていた広告代理店の女性社員の身に起こるとてつもない幸運と、悲惨とも言えるその代償を描いて、本当に大切なものは何なのかというテーマをまっすぐに感じ取れる映画だ。
河合夕子は広告代理店で働く女性で、同じ女性の先輩や後輩の間に挟まれ日々の仕事に追われている。その日も専務に昇格した上役へのプレゼントとして、ネクタイを買いに行かされて、繁華街の煌びやかなライトアップを眺めながら、ひとり夜の道を歩いていた。

そこで見かけたのが八卦見(占い師)の老人。夕子を占った彼は、「今夜、最初に会う人にイエスと言うかノーと言うかで、あなたの運命は大きく変わる」と告げる。どういうことか分からないまま、八卦見のところを離れた夕子の身に、占い通りの不思議な出会いが訪れる。
暗いガード下ですれ違った、黒いマントを羽織った悪魔のような男から、影を売ってくれたら1年間は何でも自己実現がかなうと誘われた。八卦見の言葉が耳に残っていた夕子は、出世にも金銭にも恋愛にも恵まれていない今の自分にとって、これが運命の転換点だと考え、怪しげな男の申し出を受けてしまう。
男は壁に映っていた夕子の影をペリペリっと剥がして自分のものにする。夕子はそこからの記憶がないまま、翌朝にいつものアパートで目覚め、そのまま会社に出勤する。そして、仕事をしていた途中に自分の影がないことに気づき、前夜にあった怪しい男とのやりとりが、夢ではなかったことに気づく。
それはつまり、自己実現がなんでもかなうということだ。さっそく宝くじを買ってみたところ、何と500万円が当たってしまった。
そこから、夕子の身に奇跡のような幸福の連続が押し寄せる。ひったくりに遭った女性を助けて1000万円のお礼をもらい、政府によるキャッチコピー制作の依頼に対してふとこぼした言葉が採用されて、内閣参与のイケメン青年から3000万円ものお礼を個人的にもらってしまう。青年とはそのまま付き合うようになって、お金も恋愛も成就させ仕事でも頼りにされる絶頂の日々が始まる。

冒頭では平凡だった夕子のファッションが、たくさんのお金をもらったことでどんどんと洗練されて、顔立ちもどんどんと綺麗になっていく”変身”ぶりを見るにつけ、自分もそんな風に変わりたいと思う人は、男女問わず少なくないだろう。住む場所も、アパートの一室から広いマンションへと変わり、食べるものもどんどんと豪華になっていく夕子の暮らしぶりにも大いに惹かれる。
お金さえあれば、それがかなうと分かっているだけに、夕子の幸運を羨ましく思い、影を売るくらいのことはしても良いと、誰もがガード下に行って怪しげな男を探してみたくなる。けれども……。
そこから夕子を見舞う恐ろしい事態の数々に触れれば、誰もがしっかり気づくはずだ。お金だけがあっても決して幸せにはなれないことに。何かを引き換えにして得た幸せには落とし穴があることに。そのことを、『影を売る女』は「影」という、人間の存在を支える一面を切り離してしまったことで起こる絶頂からの転落を描いて、観る人の心に強く諭してくれる。
影とは単に、光を遮ったことでできる暗がりではない。自分自身がそこにしっかりと実在していて、この世界のすべてと繋がっていることを表す証だ。その影をなくしたことで、夕子は大金を得る機会に巡り会えた。ひとりでだったらそのまま人生を楽しく送ることだってできた。



















