『交渉人 真下正義』には“当時の若者像”が色濃く反映 “オタク”が抱いていた社会不安

『交渉人 真下正義』が映す“当時の若者像”

 そんな真下が、ゲームのように犯罪を楽しむ幼児的なオタクの弾丸ライナーと対峙する様子は、ユング心理学におけるシャドウ(自分自身の中にある認めたくない部分を投影した存在)と戦っているようにも見える。

 物語終盤、真下たちは弾丸ライナーの正体だと思われる人間を特定する。しかし、その人物はすでに死んでいたことがすぐに明らかとなり、真下たちは弾丸ライナーを幽霊のような存在だと感じるようになる。匿名性の高い犯人を描いてきた『踊る』シリーズらしい展開だ。

 同時に弾丸ライナーの幽霊のような不気味さは、『踊る』シリーズの一番の参照元となっているロボットアニメ『機動警察パトレイバー』の映画『機動警察パトレイバー the Movie』(1989年)で監督の押井守が描いた、映画冒頭で自殺する犯人・帆場暎一の匿名の悪意を思わせる。

 本広克行は、押井守の影響を強く受けている映画監督だが、『真下正義』は『踊る』シリーズの中で、もっとも押井守の影響が色濃く出た映画となっている。

 だが、本作は押井守のパロディで終わらず、より切実な問いかけとなっている。それは、真下と犯人の対決を通して当時のオタクが抱えていた不安と葛藤が浮き彫りとなっているからだ。

 正体のわからない幽霊のような犯人に対して、真下は「君、向こう側に行っちゃったってことだよね」「僕もオタクだからわかるんだ」と言った後、自分の力を誇示したいが友達もいない、それでも自分は凄い奴だとアピールしたいという欲求が強くなった結果、犯人は最後の一線を越えてしまったとその心境を分析する。

 そして「僕はね。その手前で踏みとどまってるんだよ。そっちのほうがカッコいいからね」「こっち側にいたって、君と同じことはできるんだよ」と言う。

 犯人の心を揺さぶるために真下は言ったのだろうが、どこか自分の中にあるオタクとしての暗い欲望について、自問自答しているようにも見える。

 1988~1989年に「オタクの犯罪」と呼ばれた連続幼女誘拐殺害事件が起きて以降、オタク的な子どもっぽい趣味を持ったまま成長した青年に対する世間の目はとても厳しくなった。何より当事者のオタク自身が、このままだといつか自分も一線を越えてしまうのではないかという将来に対する不安を抱えていった。これは事件があったときに小学校高学年で、その後、漫画やアニメが好きなオタクとして年を重ねてきた筆者の個人的な実感だが、筆者よりも3歳年上の真下は、そういった不安を抱えたままオタクとして大人に成長した存在だったのかと、本作を観て改めて感じた。

 本作は最後まで楽しい良質の娯楽映画だが、真下と犯人の対決の背後には、あの時代にオタクが感じていた不安が刻印されている。

 他の『踊る』シリーズの映画がそうだったように、『真下正義』も時代を象徴する作品だったと言えよう。

■放送情報
『交渉人 真下正義』
フジテレビ系『土曜プレミアム』にて、9月26日(土)21:00〜23:30放送
出演:ユースケ・サンタマリア、寺島進、小泉孝太郎、柳葉敏郎、水野美紀、石井正則、國村隼ほか
監督:本広克行
脚本:十川誠志
プロデューサー:亀山千広
製作:フジテレビジョン、ROBOT、東宝、スカパー!WT
©2005フジテレビジョン ROBOT 東宝 スカパー!WT

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