『踊る大捜査線 N.E.W.』は“主人公のスピンオフ”だ 駆け抜ける土地の意味を読み解く

織田裕二演じる青島俊作が帰ってきたことで、14年ぶりにシリーズが“本筋”へと復帰した『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』。どんな映画でもドラマでも、“どういうストーリーが展開するのか”や“どのような結末を迎えるのか”に注目が集まるのは至極当然のこと。しかし本作の場合は、それら以上に、“どのようにして始まるのか”が重要であったように思えてならない。
14年前の“前作”である『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012年)は、“THE FINAL”とタイトルに入っていたように、テレビシリーズから15年続いた『踊る』シリーズの歴史にひとつの終止符を打つものであった。終わらせたものをまた始めるとなれば、一度終わった事実をなかったことにはできない。『踊る』全体の再始動作となった『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』(2024年)の2部作はあくまでも室井のスピンオフとしての位置付けで、警察内部で偉くなるという目標を叶えられなかった男のその後――すなわち“終わりの後”が描写されながら、その信念だけは生き続けることが明確に示され、エンディングで青島が登場、“ODORU LEGEND STILL CONTINUES”の始まりを告げたのである。

※本記事では、『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』のストーリーの核心についての記述があります
今回の『N.E.W.』もまた“STILL CONTINUES”のなかにある以上、『室井慎次』2部作を観ていることがなかば前提条件として進行することは、あらかじめ知っておく必要があるだろう。そのうえで、冒頭で述べた通り、織田裕二=青島俊作の帰還という意味では“本筋”に戻った作品である一方、実際のところまだ完全には戻りきれていない印象を受ける。それは決して悪い意味としてではなく、文字通りの意味だ。つまり、これはここからまた本筋に戻るための、そしてシリーズを続けていくための最後のワンクッション。主人公のスピンオフというと変な感じがするが、限りなくそれに近い位置付けの作品として捉えたほうがいいかもしれない。
過去のシリーズ作で警察庁次長にまでのぼりつめた安住(大和田伸也)が札束の入ったカバンを抱え、都庁の前で札束をばら撒くオープニング。安住の孫が誘拐され、犯人からの指示に従って走り回る。その様は、まさしく大河原孝夫監督の傑作『誘拐』(1997年)を彷彿とさせるものがある。そのカバンが青島に託され、新宿駅西口のカリヨン橋(現実では再開発のために撤去されている)から歌舞伎町へ。そしてシネシティ広場の傍にあるTTR(『交渉人 真下正義』(2005年)に登場した架空の路線。駅の入口として使用されているのは、かつて新宿トーアという映画館があった場所だ)に乗り込む。
TTRの車内で犯人から指示される「カバンを窓から投げろ」というのは、もちろん黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)での特急こだま号のくだりをオマージュしたものであり、同作からの引用という点では『踊る』の劇場版第1作『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年)のセルフオマージュとしても成り立つ。その後、京橋で降り、KK線を走って高輪ゲートウェイまで。道中では次々とシリーズを象徴するキャラクターや、劇場版第2作『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)に登場した“レアキャラ”神木隆之介の再登場などがあり、最終的にはこの一連がすべて大々的な訓練であったというオチが用意される。




















