『リボンヒーロー』の手塚治虫リスペクト描写 古典を“配信時代”にアニメ化する意義とは
手塚作品以外のアニメ史の導入
しかも、近年のヒット作と比較して興味深いのは、『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』が、昨今何かと話題を集める音楽的要素に安易に追随せず、上記のような作画のクオリティや、脚本と演出の妙で勝負しようとしている点だ。
例えば、山下清悟監督の『超かぐや姫!』が(ありていに言ってしまえば)かぐや姫のモティーフに、「百合」と、(ライブシーンもふんだんに盛り込んだ)「ボカロ文化」という要素を掛け合わせて大ヒットしたように、「音楽」は現代アニメの「ヒットの法則」の最上位に位置している。
もちろん、『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』でも、おそらくプロモーション的な理由も兼ねて、ヘケートやチック、タック役に、それぞれ「にじさんじ」に所属する人気バーチャルアイドルの月ノ美兎やVTuberのルンルン、でびでび・でびるを配したりと、ウェブカルチャーのキーパーソンを積極的に起用している。ましてや、『リボンの騎士』の元ネタが宝塚歌劇である以上、『超かぐや姫!』のように、いかにもバズりそうな楽曲を全編に凝らした「音楽アニメ」としてリメイクする選択肢も十分にあったはずだ(ちなみに、主演を務めたラランドのサーヤはボーカルとして音楽活動もしている)。実際に、作中ではパインが口ずさむ歌が印象的に登場する。しかし結果的に、本作はそうした方向性もまた、選ばなかった。
「のらうさロップと緋桜お蝶」では伊藤剛のマンガ表現論をコンセプトに導入したように、自らのジャンルに対して鋭敏な批評的センスも併せ持つ演出家である五十嵐は、本作でもむしろ、世界観や演出に、手塚作品以外のさまざまな文脈や作品の記憶を取り入れ、読解に深みを与えることを試みている。
代表的な演出は、やはり『セーラームーン』や『プリキュア』シリーズなどいわゆる「魔法少女もの」を意識したサファイアの変身シーンだ。『リボンの騎士』は戦後日本のマンガ・アニメに連綿と続く、いわゆる「戦うヒロイン」=「戦闘美少女」の先駆だと言われるが、本作の当該シーンには、アニメ史におけるその伝統的なジャンルである魔法少女アニメに対するオマージュも窺われる(ちなみに、脚本協力にクレジットされている香村純子は『プリキュア』シリーズも手掛けている)。
さらに指摘しておきたいのは、『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』において、意外にも、ある意味で手塚への最も対抗的な存在と呼べる宮崎駿作品を髣髴とさせる要素にも満ちていることだ。
例えば、現代アニメにおける戦闘美少女イメージの重要なルーツの一つは、宮崎監督の『風の谷のナウシカ』(1984年)のナウシカだが、新型コロナウイルスを想定して設定したという災厄の正体である謎の巨大怪物であるネルガルや、その進撃の影響でカビが生える描写は『ナウシカ』を連想させる。また、サファイアが片腕に呪いのような傷を受けたり、予期せぬかたちでスティグマを負わされ、母国を追われて旅立つ展開は、『ナウシカ』のある種のセルフリメイクと言える『もののけ姫』(1997年)に似ている。そして何といっても、サファイアの頭のあの大きな赤いリボン、少女が労働に従事する姿は『魔女の宅急便』(1989年)のキキも思わせる。余談ながら、宮崎もまた、東映動画の若きアニメーター時代に、『ひみつのアッコちゃん』(1969-1970年)の原画・動画を担当しており、『魔女宅』のみならず、魔法少女アニメには少なからず縁があるのだ。
このように、本作は内容的にもリメイクに止まらない、多様な切り口に満ちている。
配信アニメ/メディアミックスならではの「再生Reborn」の意味
物語のクライマックス、サファイアは、ハートの因子に向かって、「あなたは私になるはずだったもう一つの心だったのかな?」「あなたが行く新しい世界が素敵な世界でありますように」と語りかける。そして、この直後に、『リボンの騎士』の初版単行本のイメージが登場する。このサファイアの台詞は、ありえたはずの世界や可能性が複数あること、自分たちもまた、その「ここではない」オルタナティヴな世界に辿り着けることを示唆している。これが、『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』の結論なのだとすれば、この台詞もまたきわめて自己言及的であり、しかもいくつかの象徴的な意味が重ねられているだろう。
一つは、本作が原案とする手塚の『リボンの騎士』という作品自体の多世界性=メディアミックス性だ。知られるように、日本の少女マンガ史に残る不朽の名作である『リボンの騎士』は、手塚自身によるセルフリメイクだけでも、続編の『双子の騎士』(1958-1959年)を含め4作ある他、1950年代のラジオドラマ版、1960年代のテレビアニメ版、これまで10回以上上演されている舞台やミュージカル、そして、この『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』も含む第三者の作家によるリメイクを合わせると、この70年間で無数のメディアミックスがなされてきたコンテンツである。つまり、「マンガの神様」であり「アニメの父」である手塚治虫こそが戦後日本の大衆文化に築き上げたメディアミックス文化を『リボンの騎士』も体現しており、それは文字通り「ありえたはずの世界や可能性が複数あること」を、コンテンツの生態系そのものとして具現化している。
と同時にもう一つ、それはまさに『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』がリリースされている、現代のNetflixという配信プラットフォームそれ自体の隠喩にもなっている。先ほども述べたように、『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』では、いくつものアニメーションのスタイルやジャンルがハイブリッドにかけ合わさっているが、本作の「ポストメディア的」なスタイルは、いわば複数のジャンルやメディアのコンテンツがフラットに並列して視聴される配信サービスの形式そのものとも重なるのだ。
その意味で、「リボン」とも語の響きが重なる「Reborn」という本作の主題は、原案の『リボンの騎士』と、Netflixというメディア環境の双方にかかる一つの作品が別の生=世界へと転生し、「再生」していく運命をも寓意していると読めるだろう。
『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』は、そのようなドラマとして生まれ変わった。
■配信情報
Netflix映画『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』
Netflixにて世界独占配信中
キャスト:サーヤ(ラランド)、小林星蘭、内山昂輝、新谷真弓、壤晴彦、細谷佳正、月ノ美兎、手塚祐介、ルンルン、でびでび・でびる
監督:五十嵐祐貴
原案:手塚治虫『リボンの騎士』より
脚本協力:香村純子
キャラクター原案:望月けい
キャラクター原案協力:米山舞
アニメーションキャラクターデザイン:新垣一成
アートディレクター:セドリック・エロール
ネルガルデザイン:okama
美術監督:野村正信
色彩設計:渡部夏美
CGディレクター:長嶺明音
撮影監督:福田光
編集:植松淳一
音楽:神前暁(MONACA)、髙田龍一(MONACA)
音響監督:三好慶一郎
音響制作:東北新社
製作:ツインエンジン
制作:OUTLINE
©ツインエンジン
公式サイト:https://www.theribbonhero.com/
公式X(旧Twitter):https://x.com/the_ribbon_hero