『映画ちいかわ』“トラウマ楽曲”に込められた伏線と構成 ミステリの定石である童謡の引用
興行収入130億円を突破するヒットとなっている『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、原作でも人気の高い長編ストーリー「セイレーン編」を初めて映像化した作品だ。とある島で起きた、巨大なセイレーンが島民を襲う事件を解決するため、ちいかわたちが討伐に乗り出すという内容。しかしセイレーンが島民を襲う理由を知り、討伐が正しいのか葛藤する。挿入歌として話題となった「今日の日はさようなら」をはじめ、随所にちりばめられた『ちいかわ』らしいかわいさとシュールさにあふれたユニークな歌と音楽は、言葉を話せないちいかわに代わって実に雄弁であり、その意味をいかに解釈するかという楽しみ方ができるのは大人だけの特権だ。
「今日の日はさようなら」は、温かみのある楽曲とシリアスな展開とのギャップから、“不穏を誘う”と公開早々から大きな話題になった。「今日の日はさようなら」は、平和への願いや、人と人が手を取り合って生きていく大切さを込めて、1966年に作られた。友情の尊さや信じ合うことの喜びが歌われていることから、ボーイスカウトや林間学校の締めくくりとしてキャンプファイアを囲んで歌われることが多く、学校の卒業式で歌ったことのある人も多いだろう。一方で、2009年の映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』で残酷なシーンに使用され、楽曲とシーンのギャップから“トラウマ曲”として注目を集めた経緯がある。
『ちいかわ』で同曲を歌うシーンは2回あり、前後のストーリーによって感じさせる意味合いが異なってくる。最初は事件を知る前、島民からのおもてなしや島ライフを満喫するちいかわたちが、浜辺でたき火を囲んで楽しかった1日を振り返りながら歌うというもの。うさぎがどこかから取り出したウクレレで伴奏を付け、最後にハチワレが〈またあう日まで〉という歌詞に対し、「いつでも毎日ずっと会えるけどね!」と言って笑い合う、実に平和で、明日への希望に満ちた、楽曲本来の意図に沿った歌われ方だ。
2回目は物語の終盤、島に平和が戻ったお祝いの席で歌われる。島民とハチワレたちは事件の解決を喜び、再会することを約束する。しかし事件の真相に気づいたちいかわだけは、素直に喜ぶことができず、真相を明かすべきか逡巡していた。もし真相を話してしまえば、友だちになった島民のヒトハとフタバとの間に生まれた絆や信頼に亀裂が入るかもしれない。しかしハチワレや仲間たちに真相を話さないままで、友だちと呼べるのか? そんなシーンで流れるのが「今日の日はさようなら(合唱ver.)」で、その歌詞がブーメランのように返ってきてちいかわの胸に突き刺さる。
冒頭の楽しげな「今日の日はさようなら」を伏線として、ラストに回収されるという構成は原作コミックから引き継がれたもので、牧歌的で少し涙を誘うピュアさがとても効果的だ。コミックの「セイレーン編」には「今日の日はさようなら」にちなんだサブタイトルが使われ、ヒトハとフタバの顚末には〈いつまでも絶えることなく〉という歌詞になぞらえ、「いつまでもね」というサブタイトル。四角く切り取られた深海の泡の絵が添えられ、セイレーンの「なんかずっとくらいとこ」が思い出されて実に不穏。さらに「セイレーン編」を収録した原作コミックス第8巻には、第9巻の告知として「いつものキミに いつもの笑顔で また会えるかな。」というコピーが添えられ意味深だ。