『風、薫る』の象徴に “直美”上坂樹里と“吾郎”甲斐翔真の歩みを振り返る
9月1日に放送されたNHK連続テレビ小説『風、薫る』第112話では直美(上坂樹里)の息子・明が大きくなり、そのわんぱくさに直美が振り回されている場面が描かれた。昔、生後間もなく母親に捨てられた経験から人へ敵意をむき出しにしていた直美のことを思い出すと、彼女の人生は大きく変わった。そのきっかけのひとつとなっているのが、明の父親である吾郎(甲斐翔真)に出会ったことだろう。ここでは、直美と吾郎の歩んできた道を振り返っていきたい。
2人が出会ったのは、直美が正式にナースとなり帝都医大病院で働いていた頃。直美が受け持っていた患者のお見舞いに吾郎が訪れたのだ。当時、陸軍二等軍曹だった吾郎は圧を感じられる制服でただでさえ目立っていたのに、ほかの患者が安静にしている病室で大声で話してさらに目立っていた。しかもやっと重湯が食べられるようになったという友人に「食わんぎ元気にならんばい」とやや強引にぼた餅を差し出していた。直美はこうした患者のことを考えない人が一番嫌いである。ぼた餅を即座に取り上げ、注意した直美に吾郎は「そんなに言うことないだろ」「女ならもっと優しく」と言い返し、軽い口論に。つまり、2人の関係は“喧嘩”から始まっていたのである。
こんな出会いなら吾郎が直美のことを「生意気な女」と毛嫌いしてもおかしくはなかったのだが、仕事に前向きに取り組む直美の姿勢が気に入ったらしくたびたび直美に会いに来るように。直美は吾郎といると自然とおしゃべりになり、ときどき相槌を打つだけでニコニコと話を聞いてくれる吾郎に「あ、すみません、ベラベラと。小川さん、聞き上手だから……」と照れた顔を見せていた。吾郎も直美への好意を隠そうとせず、お互いがお互いのことを密かに思い合っている“両片思い”の様子にキュンキュンした視聴者も多かったのではないだろうか。
しかし、それから2人の関係はなかなか進展しなかった。直美が珍しく鈍かったというのもあるが、大切な“相棒”であり、“家族”となったりん(見上愛)がナースを辞め、新潟に行ったり、自身の生みの親である文(内田慈)と偶然再会し、すでに病に冒されていた文を看護し、看取ったりと直美自身の人生が大きな転機を迎えており、“恋愛モード”となれなかったのも原因のひとつだろう。そして、直美は自身のナースの仕事の集大成として「恵風看護婦会」を立ち上げる。
さまざまな経験から、派出看護という自分の使命を見つけ邁進する直美に、もともと彼女が仕事を頑張る姿に惚れていた吾郎の気持ちは高まるばかりだったのだろう。ある日、会う約束をしている日があるのにも関わらず、時間を見つけて「恵風看護婦会」に立ち寄り、直美に会いに来た。そこでいつものように話していたが、ついに気持ちが溢れ出したように吾郎は「結婚してください」と直美に申し入れた。
驚いたことに、それまで直美にとって吾郎は、たわいのない会話ができる友人のひとりという認識だったらしい。突然のプロポーズに驚いた直美は突発的に「すみません」と断ってしまったのだった。だが吾郎の気持ちを聞いてから、2人で出かけたときに吾郎が直してくれた草履の鼻緒が気になったり、2人の話のタネとなったマッチを台所で見かけるとそのときのことを思い出したりと、自分の中の“恋”に気がついていく直美。そして、りんの後押しもあり、吾郎と直美は結婚することとなった。
結婚披露宴は「お披露目会」としてささやかに執り行われ、看護婦養成所時代の同級生が集結。さらに直美の“育ての親”でもある吉江(原田泰造)も涙ながらに祝福し、本作の中でもクライマックスといえる名場面となった。
一緒に暮らし始めてからも吾郎が直美をからかい、直美がちょっと怒って2人で笑い合うなど幸せな家庭を築いていた2人。しかし、その温かい生活の裏でだんだんと戦争の足音が聞こえてくるように。そして直美の妊娠がわかった頃、いよいよ吾郎も出征の準備をしていた。吾郎は、自分がこの場にいるうちにと生まれてくる子の名前を決めたがったが、直美は“吾郎のいない未来”が決まるような不安を感じていたようで、それを嫌がった。2人の間に気まずい空気が流れるが、しっかりと互いに本音を話し、最後には「帰ってこなかったら許さないから」と泣きながら怒る直美を吾郎が困ったように、でも嬉しそうに笑いながら抱きしめ、“明るい未来”を願って、生まれてくる子に「明」と書いて「あきら」と名付けた。
その願いも虚しく、台湾での戦闘中に岩場から転落し負傷した吾郎は、後送された広島の陸軍予備病院で脚気により亡くなってしまう。吾郎に出会い、次第にのびのびとかわいらしくなっていく直美を見ていただけに、今、吾郎がそばにいないことがとても悔やまれる。それでも陸軍予備病院で多江(生田絵梨花)に看護されたことによって、最後まで直美を思っていたことが直美本人に伝えられ、取れていた制服の第2ボタンが戻ってきたことが救いである。
直美によってあるべき場所にしっかりと縫い付けられたボタン。そうして戻ってきた吾郎は、直美と明をこれからも愛で包んでいくことだろう。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK