『ウィスパーマン』で描かれた“真の恐怖”とは ジャンル映画から見えてくる配信映画の課題も

 だがこれは、近年のトレンドとは明確に異なる。ドラマシリーズ『マインドハンター』や『ジョーカー』シリーズなど、どちらかといえば殺人を犯す側の心理に肉薄していくことで、観客側により身近なかたちで異常性を見せつけたり、そうした心理を他人事ではないと思わせることで、恐怖感を醸成させる作品が支持されやすくなっている。それはむしろ、『アングスト/不安』(1983年)や『ザ・バニシング 消失』(1988年)などのような、大勢の観客へというよりは、ある程度限られた層が楽しんできたジャンルへと接近しているのだ。

 それは、SNSの発達などによって、“どう描くか”よりも“何を描くか”が重要になってきた風潮と連動しているのではないか。つまり、劇場で映像と音響で物語を体験することに加え、その内容がどれだけ社会の問題に反映されているかや、時事的な感覚だったり自分たちの切実な課題とリンクされていることが重要となっているということだ。なぜなら、そうした作品は他者と話し合ったり意見を表明することで、外部と繋がることができる“拡張性”を有しているからである。そうした映画こそ、Netflixなど現代的で即時性のあるプラットフォームと相性がいいといえる。

 そう考えれば、Netflixが90年代的なサイコスリラーである本作『ウィスパーマン』を配信するのは、ややミスマッチという印象を持つ。とはいえ、こうした中規模のサスペンス映画が製作されることは、現在では貴重なものとなっているのも確かなことだ。そうした企画は、ある意味Netflixだからこそ楽しめるというのは、皮肉な事態だといえるかもしれない。劇場でじっくりと鑑賞すれば、本作の印象はやや持ち直すと思える部分もあるのだ。

 本作のメインテーマとなっているのは、じつは猟奇殺人ではない。そうした要素を通して描かれる、三つの“父親と息子”の関係性である。デ・ニーロ演じるピートとアダム・スコット演じるトムの親子関係は冷えきっており、ほぼ断絶した状態だった。このように、父と息子という間柄は、確かにうまくいかなくなるケースが少なくないかもしれない。そこには従来の男性に求められた社会的な役割や既成概念があるという原因も存在するのだろう。

 しかしなぜ、この二人はこんなにも心が離れてしまったのか。その一端を推察させるのは、このトム自身が、ジェイクとの関係性において、ある行動をとってしまう点である。互いの関係性は、信頼感から生まれる。一方が一方を信じることができず、その不信感を伝えてしまえば、たとえ親子であろうと、その関係にはヒビが入らざるを得ない。それは、親が頭ごなしに子どもの将来の夢を否定したり、性格や人間性をなじるような行動で蓄積されていく。そして、いったん割れた鏡が元に戻らないように、そこで与えた傷が回復することは難しい。

 本作『ウィスパーマン』は、そんな関係性が、殺人という取り返しのつかない出来事同様に、不可逆的に破壊してしまいかねない、非常に脆いものであることを示唆しているのではないか。自分が何気なく吐いた言葉や、感情にまかせて相手を否定してしまった事実は、自分が忘れたとしても、相手の心に深く残り続けるかもしれない。それをある種の恐怖として描いているのが本作だと思えるのである。

■配信情報
Netflix映画『ウィスパーマン』
Netflixにて独占配信中
出演:ロバート・デ・ニーロ、アダム・スコット、ミシェル・モナハン、オーウェン・ティーグ
監督:ジェームズ・アシュクロフト
脚本:ベン・ジャコビー、チェイス・パーマ
原作:アレックス・ノース
プロデューサー:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
制作:AGBO

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