『Tシャツが乾くまで』が“正しさ”を揺さぶる “咲子”蒼井優が隠してきた“本当の顔”

「面白くなってきましたね。私たちの知らない瀬尾咲子さんが他にいるのかもしれませんね」

 そんなゾクッとさせられる一言で幕を閉じた、金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』(TBS系)第8話。喫茶「ひこうき」には、充(松山ケンイチ)、樹生(中島歩)、直人(高橋文哉)、千鶴(臼田あさ美)、宮内(リリー・フランキー)が顔を揃える。家を飛び出した咲子の行方を探るため、充が呼び出したのだ。

 咲子を探すうちに、充はそれぞれが話す咲子の印象が異なっていることに気づいた。直人が「感じのいい人」と言えば、樹生は「うっすら感じの悪い人」と言う。千鶴が「飽き性で新しいもの好き」だと言えば、充は「物持ちがいい」と言う。あなたの目には、咲子(蒼井優)がどんな人に見えていただろうか――。

関係性の数だけ、咲子の顔がある

 私たち視聴者は、誰か一人との関係に限定されず、いくつもの咲子を見てきた。それこそ、誰にも会っていない部屋での姿さえも。充の行方がわからなくなり、パニックになってもおかしくないなか、できるだけ冷静に立ち回ろうとしていたこと。非常事態であっても、警察官に笑顔を見せ、和やかに会話をしようとしていたこと。そこには、強くも柔らかな印象を受けた。

 一方で、充が吸っていたタバコにそっと火をつけ、せめて香りだけでもと追い求める一途さをにじませたかと思いきや、同じ香りのする樹生の胸に思わず顔を埋めて泣いてしまう危うさも感じた。そして、ふらっと帰ってきた充に「あんたは言葉を選んで」と強い語気で言い放ち、驚かされたこともあった。

 また、かつて充と過ごした日々のなかでは、霊柩車に向かって親指を立て、「親の死に目に会えなくなる」という迷信の逆をいく行動をしていたことも明かされる。咲子がそんな毒っ気のあるジョークを言えるのも、「過干渉な親が苦手」という事情を知ってくれている充にだけ見せた一面だった。

 どの咲子が偽物で、どの咲子が本物というものではない。おそらく、そのどれもが咲子なのだ。筆者の友人が以前、「学生時代の友人と、社会人になってからの友人は会わせづらい」と話していた。どちらの前にいる自分も嘘ではないけれど、その二つの自分が同じ場所に現れると、「どんな顔をすればいいのかわからなくなる」のだという。

 相手との間柄が変われば、見せる顔も変わる。そう聞くと、人には第一印象から本質へ向かういくつもの階層があり、関係が深まるほど奥へ近づいていく——そんなイメージを抱きたくなる。けれど、このドラマを見ていると、そもそもそんな階層などないのだと気づかされるようだ。

「わからない」まま、つながること

 積み重ねてきたものがない相手のほうが、むしろ自分でも持て余している部分を差し出せることがある。例えば、SNSのように。顔も名前も知らない相手だからこそ、心の叫びを発信しやすいこともある。あずさ(夏帆)と充も、そんな感覚に近かったのではないだろうか。“第三金曜日”という場所にログインしなければ、いつでも消えていなくなれる、アカウントのような関係性。

 そこでは、全部に共感できなくてもかまわない。あずさが、サービスエリアで今まさに失踪しようとしている充に「わかるようでわかんないな」と言った、あのセリフが象徴的だ。無理にわかろうともしない。でも、「わからない」と拒絶することもない。そんな、わからなさを残したままの関係性が、この世界にはたしかにある。

 では咲子は、「わからないまま誰かとつながる」ことができていただろうか。咲子はどうしたって充のことを「わかりたい」と願ってしまうし、もし自分に「わからない」ことなのであれば、それは見えないままにしていてほしかった。見えてしまったからには、そのままにはしておけないのだから。

 ここで、第1話で咲子が「充がすごいんですよ、私みたいなのが、一人の人とずっと一緒に暮らせるなんて」と話していた言葉を思い出す。ここまでは関係が深くなる前にすべてをリセットしたくなる充の衝動が問題視されてきたけれど、もしかしたら咲子もまた別の意味で人間関係を積み上げていくことに苦戦してきたのではないかと想像する。咲子にとっても、充と作った「言いたくないことは言わなくていい」というルールは、ようやく見つけたひとつの解決策だったのかもしれない。

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