『風、薫る』が描く育児と仕事の両立 歴代朝ドラのシンママ像との決定的な違いとは
例えば、『カムカムエヴリバディ』の安子(上白石萌音)は、一人で娘のるいを育てようとするが、彼女にケガを負わせたことをきっかけに、義実家を頼る決断をする。しかし、娘を幸せにしたいと選択を重ねるほど、皮肉にもその心とすれ違っていった。『ブギウギ』のスズ子(趣里)も、家政婦の大野(木野花)らに支えられながら、歌手活動と育児を両立。父親がいない分まで愛情を注ごうとするが、スターとして多忙な母親に、娘の愛子は寂しさを募らせていった。
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NHK連続テレビ小説『ブギウギ』が現在放送中。“ブギの女王”と呼ばれる笠置シヅ子をモデルに、大阪の銭湯の看板娘・花田鈴子=福来ス…そんな働く母親を支える家族の負担と、その傍らで寂しさを抱える子どもの姿を、さらに深く掘り下げたのが『虎に翼』だ。夫・優三(仲野太賀)を戦争で失った寅子(伊藤沙莉)は、義姉の花江(森田望智)や弟の直明(三山凌輝)に娘の優未を任せ、一家の大黒柱として働き続けた。世間からは女性の道を切り開く立派な裁判官と称賛されていたが、優未は忙しい母親に負担をかけまいと“いい子”を演じ、花江も家庭を疎かにする寅子への不満を募らせていく。
同作が画期的だったのは、従来なら父親が担ってきた一家の大黒柱という役割を、母親である寅子に置き換えたことだ。男女を反転させることで、家庭を顧みない父親の振る舞いが見過ごされてきたことや、稼ぎ手の活躍が誰かの家事や育児に支えられていることを浮かび上がらせた。
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あれだけ「辞めていった仲間の分も」と気負っていた寅子(伊藤沙莉)が、弁護士の職を手放した『虎に翼』(NHK総合)第39話。あの寅…ただ、だからといって、寅子が仕事を抑えればいいわけではない。問題は、彼女が働くことではなく、その陰で花江が家事や育児を担うことを当たり前のものとしてしまったことにある。女性が社会で活躍できるようになっても、家庭内のケアを誰か一人に押しつけたままでは、同じ構造が繰り返されてしまうことを、同作は暗に示していた。
一方、『風、薫る』では、安が「お姉様がしば刈りをして旦那さまの役をしてくれてんだから、私がこの家の奥様になる」と宣言し、直美も「環ちゃんの2人目のお母さんになる」と申し出るなど、周囲が積極的に手を差し伸べている。
そして、りんもその好意に甘えきっているわけではない。看護婦として働きながら家では台所に立ち、環にたっぷりと愛情を注いできた。新潟で舎監として働く話も、家族と離れたくないという理由から当初は断ろうとしている。だからこそ、周囲もりんの力になりたいと思えるのだろう。『風、薫る』の子育ては、支える側の思いやりと、それを当たり前と思わない支えられる側の感謝、その双方があるからこそ成り立っているのだ。
もちろん、周囲に大勢の大人がいるからといって、母親に会えない寂しさが消えるわけではない。りんが単身で新潟へ赴くことになった際、環は「寂しいけどいいよ。寂しいと悲しいは違うでしょ」と背中を押した。自分の寂しさを言葉にしたうえで母親の挑戦を受け入れる姿は健気だが、あまりにも聞き分けがよく、物語がそこに少し甘えているようにも感じられる。
環の心情の掘り下げにはやや物足りなさが残るものの、本作が一貫して描いてきたのは、母親の孤軍奮闘ではなく、周囲と支え合うことで成り立つ仕事と育児の両立だ。これまで直美がりんとともに環を育ててきたように、今度はりんたちが直美と明を支えていくのだろう。そうして思いやりが人から人へと巡る温かな循環こそが、本作の魅力でもある。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK