『Tシャツが乾くまで』が視聴者を惹きつける理由 “ドラマ”の問い直しと向田邦子的な世界観
人間の怖さや激しい感情を何気ない会話のなかに織り込んだドラマといえば、最近では『冬のなんかさ、春のなんかね』(日本テレビ系)が思い浮かぶ。だが、このシリーズが賛否の声を呼び、「見方がよく分からない」などの声があったのは、それが舞台演劇的な感覚にルーツがあると思える長回しが中心であったように感じられる。『Tシャツが乾くまで』は、その由来がおそらくは既存の日本のドラマの型にあるため、視聴者により受け入れられやすかったのかもしれない。
そう考えれば本シリーズのアプローチは、もともとあったヴィンテージを、“解体”、“再構築”するという、ファッションなどに見られるデザイン手法に近いものがあるといえる。劇中では、あずさが充に、「樹生が無地の白Tシャツに1万5千円出せる」という情報を、雑談のなかで語ってゆく。そういった個人的なこだわりは、おそらくストーリー上でも大きな意味を持つことになるのだろうが、同時にその価格の裏にある、素材や機能性、ファッション史へのデザイナーの理解など、無地のTシャツという身近なアイテムにも様々な意志や工夫が込められるという考えを通して、一見すると大衆的な不倫ドラマにも、複雑で高級な試みがあり得るという思想を投影しているのではないか。
では、そうしたアプローチで表現したいテーマとは何なのか。それは、人間の感情や人と人との交流や関係性とは、簡単に結論づけられないという、現実の感覚なのではないか。劇中で示唆される、咲子と樹生、または充とあずさがそうであるように、その間にあるのは、明確な“不倫関係”や“恋愛感情”という、分かりやすいレッテルに収まるものではないことが少なくない。実際の人間の感情とは、もっと玄妙で、グラデーションに溶けながら動き続けるものなのではないのか。
結婚披露宴で、花嫁が両親のために書いた感謝の手紙を朗読する場面が苦手だという咲子と充のパーソナリティは、単に二人が親との関係がうまくいかなかったからというだけでなく、本当の人間の感情は、そうした儀式的な場面よりも、日常のふとした場面のなかに溶け込むように表れてくるといった、脚本家自身の作劇論に触れるものであり、例えば向田脚本にも通底するものだと考えられるのだ。
つまり本シリーズは、このストーリーや作品の手法自体を通して、人間の感情ややり取りを描く「ドラマ」とはそもそも何なのかということを、根本的かつ急進的に、つまりは「ラディカル」に現在の状況のなかで問い直しているように感じられるのである。そう考えれば、かなり冒険した挑戦的な側面を持つ作品だと評価できる。
一つ、付け加えて言及したいのが、本シリーズで視聴者に不信感や不快感を持たれがちな充というキャラクターの、ユニークな存在についてである。事件の渦中にいながらにして、飄々とした態度が批判されるように、現実からしばしば逃避する無責任な態度を見せる彼の人間性は、どこか村上春樹の小説の主人公のように感じられる。もっといえば、かつて松山ケンイチ自身が映画『ノルウェイの森』(2010年)で演じていた、主人公ワタナベにしか見えない瞬間がある。
向田邦子的な女性の視点の先に、村上春樹的な不思議男性キャラクターを投入する。もともと、フェミニズム的な目線において、村上春樹の小説は槍玉に上げられやすいだけに、こうした構図で騒動が起きないわけがなく、やはりその点で衝突的な熱量が発生しているように感じられる。このあたりも、本シリーズ『Tシャツが乾くまで』がエキサイティングなものに感じられる部分だといえるだろう。
■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXT、Netflixにて配信
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs