『風、薫る』は看護婦視点で戦争をどう描く? “日清戦争”がりんと直美の大きな転換点に

 物語の序盤から描かれてきたように、当時はまだ「看護婦」という職業そのものが社会に浸透していなかった。見ず知らずの人間の身体に触れ、排泄の世話まで行うことから「汚い」「卑しい」仕事だと偏見を持たれることも。そんな看護婦に対する社会のまなざしを大きく変えるきっかけとなったのが、日清戦争だ。

 戦争が始まると、日本赤十字社の看護婦が陸海軍病院などに召集・派遣され、傷病兵の救護にあたった。本作でも、りんたちの看護婦養成所時代の同期・多江(生田絵梨花)が自ら志願し、篤志看護婦として広島の陸軍病院へ赴任する。ちなみに、ドラマには登場していないが、当時日本赤十字社の社員だった新島八重も広島に赴き、傷病兵の看護にあたった一人だ。彼女たちの献身的な働きが広く知られるようになると、それまで低く見られがちだった看護婦への評価は大きく変化。看護婦を志す女性も増えていったという。

 なんとも皮肉な話だ。りんと直美たちが地道に積み重ねてきた努力だけでは拭いきれなかった偏見を、多くの人が傷つき、命を落とす戦争が変えていくのだから。

 こうして看護婦の働きが認められ、需要が高まる一方で、新たな問題も生まれる。看護婦の数が急速に増えたことで、十分な教育や訓練を受けていない者も増え、看護の質の低下が懸念されるようになったのだ。ここで改めて意味を持つのが、本作の出発点でもある「トレインドナース」という言葉だろう。りんと直美が目指してきたのは、ただ病人の世話をする女性ではない。専門的な教育を受け、確かな知識と技術をもって患者の命を預かる職業人だ。看護婦という存在を世の中に認めてもらう段階から、その質を守りながら、いかに日本に定着させていくかという次の段階へ。日清戦争を境に看護婦を取り巻く環境が大きく変わる中で、りんと直美もまた、新たな役割を担っていくことになりそうだ。

 また日清戦争後には、帰還兵によって赤痢や腸チフスなどの感染症が国内に持ち込まれ、各地で流行する。奇しくも『風、薫る』ではつい最近、りんと直美が新潟の村で発生した赤痢と向き合ったばかり。そこで得た経験が、これからの2人の看護にどう生かされていくのかも気になるところだ。

 そして、戦争がりんや直美たちにもたらす影響は、看護婦としての仕事だけにとどまらないだろう。戦争が始まれば、これまで穏やかに続いてきた家族との暮らしも大きく揺らぐことになる。特に、直美の夫・小川(甲斐翔真)は軍人だ。史実に目を向けると、直美のモチーフとなった鈴木雅は1877年の西南戦争の時に夫を亡くし、シングルマザーとなっている。もちろん、直美が同じ道をたどるとは限らないが、戦争の足音が近づくにつれ、2人の行く末にも不安が募る。

 これまで『風、薫る』は、文明開化や女性の社会進出といった大きな時代の変化を、その中で生きる人々の日常や選択を通して描いてきた。戦争もまた、りんや直美たちの仕事だけではなく、その暮らしや大切な人との関係にまで入り込んでくるのだろう。人の命を守ることを仕事にしてきたりんと直美が、多くの命が奪われる戦争の時代に何を見て、何を感じるのか。本作が、看護婦というこれまでにない視点から、戦争をどう描くのか見届けたい。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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