松山ケンイチが『Tシャツが乾くまで』にもたらしたもの “充”が放つ得体の知れない恐怖

 これまでの展開において充がミステリアスだったのは、おもに脚本家・生方美久の作劇によるものだった。最重要人物でありながら不在の彼は、この物語の構造上、誰もが関心を惹きつけられる非常に興味深い存在となる。そして、いま/ここにいない彼の不在に対するドラマを、主演の蒼井と中島が丁寧に築き上げてきた。これらにおいて松山の演技者としての表現は、ほとんど関与していない。なぜならもちろん、ここまでの『Tシャツが乾くまで』の世界で不在だったからだ。

 果たして充とはどういう人間なのか。何を思い、考え、咲子の前から姿を消したのか。蒼井と中島が紡ぐドラマが進展すればするほど、私たちの頭の中には「?」が増える。そして、ふらりと充は現れた──。

 この展開を目の当たりにしたとき、感動ではなく、得体の知れない恐怖心が込み上げてきた。先述したとおりの充の特徴をすべて、松山は体現している。一年も不在だった人間がふいに現れ、いつかと変わらず飄々としているさまを、松山は軽やかに表現してみせている。ハッキリ言って、恐ろしい。一年も妻を置き去りにしていた夫がふらりと帰宅し、ごく自然体なまま、特別に緊張感をたたえることもなく、咲子たちの前に存在している。私が感じた得体の知れない恐怖心というのは、この状況があっさりと成立してしまっていることに対するものだ。

 いや、それだけではない。私たちは彼がいま/ここにいないことに、あまりにも慣れ過ぎていた。これまでの充が不在の日常で築き上げられていたのは、咲子と樹生の世界である。そこにはこのふたりの関係性だからこそ生まれる、リズムがあり、ムードがあった。これらを視聴者の立場で共有し合っていた私たちは、この世界に慣れ過ぎていた。だから“充=松山ケンイチ”の登場によって、この世界のリズムは乱れ、ムードは崩れた。いままで姿を消していた彼はおそらく、誰よりも自分のリズムで生きる人物。そんな彼が現れたことにより、『Tシャツが乾くまで』という作品は私たちの思うものから、あまりにも大きな変容を遂げたのだ。

 松山の“演技体”が蒼井や中島と異なっているわけではない。しかし彼が持ち込んだリズムとムードが、この作品のテンポやトーンに大きな影響を及ぼした。違うドラマを観ている気にすらなってくる。それでいて松山は、ごく自然に、彼女たちと同じ世界に存在している。これを実現させられる演技者が、果たしてどれくらいいるだろうか。松山が軽やかに体現してみせているのは、“身近な他者”という不可解な存在そのものなのではないだろうか。

■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXT、Netflixにて配信
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs

関連記事