『風、薫る』“平蔵”太田光が問いかけた偏見 揺れ動く“シマケン”佐野晶哉のアイデンティティ
人生、いいことばかりは続かない。NHK連続テレビ小説『風、薫る』第103話は、これまで仕事も生活も比較的順調だったりん(見上愛)と直美(上坂樹里)に不安や悩みのタネが生まれたような不穏な回となった。
小説の新聞連載が決まり、夢の実現まであと一歩というところまできたはずのシマケン(佐野晶哉)だったが、結局小説は掲載されず、挙句には編集長に才能のなさを指摘されてしまう。さらに、義姉の来訪で家族が苦しい状況に陥っていることを聞く。自分も夢を実現させるためにどうしたらいいかわからないし、他人には才能がないと言われ、周りも夢なんて追っている場合ではないという目線を向けてくる。誰もいい思いをしていない。シマケンはそんな状況を察したのだろう、家の本を整理するなど“小説家を諦める準備”をしていた。
心配して自宅を訪ねたりんに、シマケンは「小説家は……諦めることにした。…………諦める」と宣言。だが、言葉と言葉の間に空白があり、何度も「諦める」と言うところは自分に言い聞かせているようでシマケンの小説家に対する未練が感じられる。
仕事がなくなったシマケンとは対照的にりんは、もうすぐ恵風看護婦会で仕事を始める。シマケンはりんがナースになるかどうかを悩み、心にモヤモヤを溜めていたとき、その解消法をしてとんびを飛ばすことを教えた。りんはそれを“心のお守り”にして立派なナースとなった。しかしシマケンは本人曰く「何も変わらずずっと何者でもない人間のまま」。才能も認められ、なりたかった“者”になったりんとそうでない自分。りんがそばにいるからこそ、この対比が浮き彫りになりシマケンは思いが溢れてしまうようだ。
しかし、そもそも“何者かである”とはなんだろうか。りんにとってナースであるということは、努力した結果、ただ、そういう職に就いたということである。確かに“職業”という点から見ればりんは称号を得て、シマケンはそうならなかった。だが、シマケンはりんにとっては大切な人であり、美津(水野美紀)がふすまの修理を頼むほどには、一ノ瀬家にとって当たり前の家族の一員となっている。もうこの時点でシマケンが“何者でもない”ことはない。彼は今、特定の肩書きにこだわりすぎてしまっているのではないだろうか。そんな思いがりんの「シマケンさんが、何者でなくても構いません。私にはただいとおしい人です」という一言に凝縮されていた。
ロマンチストなシマケンは、小説家になった上で同じことを言いたかっただろうが、りんに先を越されてしまった。「それは……僕が言いたかった」と呟きつつ、抱きしめ合う2人に、「健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も」と続く結婚式の誓いの言葉が浮かんでしまった。
これで大丈夫と安心できないのが、心が揺らぎやすいシマケンの特徴だ。再び義姉と会ったシマケンは実家の浜松に帰ってきてほしいと懇願されてしまう。そしてりんにそのことを告げ、「一緒についてきてほしい」と言った。りんとシマケンは心が強く繋がった2人ではあるが、りんには環(英茉)も美津もいる。簡単に決断はできない。やはり、まだシマケンは気持ちが落ち着かず、“暴走”してしまっているようだ。
一方の直美は、身寄りのない平蔵(太田光)の派出看護に向かう。病状はそれほど深刻ではないようだが、平蔵は一人暮らしで酒浸りの荒れた生活をしており、体を壊した影響で仕事もあまりできていない。無料で看護を行う恵風看護婦会は平蔵のような人のために立ち上げた。だから直美は、なぜタダなのかを問う平蔵に「医療や看護を受けられない貧しい人や弱った人にこそ手を差し出したいと思って」と答え、少し満足そうな表情を見せていた。しかし、その言葉に平蔵は、意外な言葉を返す。確かに貧乏だし、病気もしているから体も弱いが「弱い人間ではない」と言うのだ。直美は「弱い人間を助けたい」とは言っていないものの、平蔵によって自分の中にあった偏見や傲慢に気付かされたよう。自分の根幹にあるものが揺らぐような体験をした直美は詰め所で珍しくだらりとした姿を見せていて、りんを心配させた。平蔵は直美と彼女の患者に対する向き合い方に一石を投じる人物となりそうだ。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK